9月4日
 本日、大阪のインド・ビザ申請センターに行く。
9時開館で、9時15分頃に着いたが、すでに10人ほどが待っていて、二つの窓口ではそれぞれ何やら揉めている・・・ やはり、書類の記入の不備やら、写真のサイズの違いやらでダメ出しされているらしい。 書き直しで、毎日来ている人とか・・・ まだ、オンライン申請のことを知らずに来ている人もいる・・・ すんなりパスしているのは、だいたい旅行代理店のビザ代行者らしき人くらい・・・

 私の番になって〜〜〜 パスポートの発行地を大阪と書き間違えたところを指摘される。本当は奈良・・・ これは私のミスだが、もうひとつ、過去のパスポートのナンバーと、過去のインド・ビザのナンバーを書く欄があって、そこに記入していたので、昔のパスポートを見せろ、と言う。 昔のパスポートまで必要だとは聞いていない。ナンバーが書かれてあるのなら、それを証明するものを持ってくるのは当然だろ、と言う。それならそうと、HPのビザ申請の説明の中でちゃんと書いてくれ。そんなこと、書かなくてもわかるだろ。という態度が気にさわる・・・
 まあ、それでもなんとかパスできて、申請完了! 受け取りは9月10日。

 ようするに、過去にパスポートやビザを取得したとか、過去にインドに行ったことがあるといったことは、書かないほうがいいということ、インドは初めてです、という形で進めるほうがいい、ということだろう・・・
 なにはともあれ、無事に関門クリアー!





 
9月9日
 ブッダが生きていたのは約2500年前。最初の仏教経典が作られたのは、ブッダの死後数百年たってから。それまでは、ブッダの教えは口伝えだった。原経典が中国に伝わって、中国語に翻訳されたのが、3〜4世紀。ブッダの死後、約800年後。その中国語に翻訳された(漢訳)仏典が日本に伝わったのが、またそれから約100年後。
 つまり、日本の仏教は、ブッダの死後900年以上経って中国語に訳された経典を基にして発展してきている。

 問題は、900年という時間的ギャップと、中国語に翻訳された時の翻訳の正確さの是非。これは確かめようがない・・・・・・・と、最初に書いたが、これが昭和になってサンスクリット語の経典と照らし合わせて、その違いが指摘されてきているようだ。
 もともとの経典はサンスクリット語がパーリ語で書かれているが、この言葉が日本で研究されたのは明治になってから。
つまり、日本の仏教は、大化の改新から明治まで、おそらく現代でも、漢訳された仏典を基礎に教えを説いている。そして、仏教学者によれば、漢訳された仏典には、かなりの意訳、つまり原文に忠実な翻訳ではなく、中国の文化を取り入れている、と言われている。そこに中国人的な解釈が加えられている、ということである。
 ようするに、日本の仏教は、インドで生まれたブッダの教えではなく、中国人によって変形された仏教であるといえる。中国の文化を通さずに、直接サンスクリット語から仏典を翻訳することは、昭和の時代になってようやく始まる。チベットに伝わった仏教は、チベット語への翻訳はかなり直訳的らしい。だから、チベット仏教のほうが、よりブッダの教えに近い、と言える。それで明治時代、河口慧海や多田等観らは、その経典を得るために苦労してチベットに渡っている。
 何を信仰するかは、個人の自由だが、日本に伝わっているのは、ブッダの直接の教えではなく、中国の思想が混じった中国仏教であるということは認識すべきだろうと思う。





 9月10日
最近PC動画で「朝まで生テレビ」の録画をよく見る。
その番組のひとつに、現代の若者の幸福観について討論したものがあった。今の若者の70パーセント以上は、自分は幸せだと感じている、というデータを基に、日本が今、こんなにひどい状態なのに、なぜ幸せなのか?ということが論じられる。
 今の若者が何を感じて生きているのか、を知ることができて、とても興味深いのだが、その中で気になったコメントで、中国人の宋という人が、「日本社会は本当のことが知らされていないから、洗脳されているので、幸せに感じられるのだ」と言う。
 ひっかかったのが「洗脳」ということ。まさにそれは中国や韓国のことだと思うけど・・・・反日教育という洗脳・・・

 逆に、今の若者は、これまでの時代の若者に比べて、洗脳されている度合いは少ないと、この動画を見て感じた。過去では、軍国主義に洗脳され、戦後経済成長期は物質主義に洗脳され、全共闘世代はマルクス主義に洗脳されてきた。そしてそれらは全て崩壊した。
 現代は、社会全体が閉塞していて、何のイデオロギーもなく、何の方向性も、夢もない。それを今の若者はみんな感じ取っている、のが、この番組でわかる。つまり、夢の持てない現代で生きている中で、なんとか自分なりの幸せを感じようとしている、ように思える。
 だから、彼らの幸せ観はとてもささやかなものだ。身近かで小さいが、昔のような、立身出世やら野心やら権力欲やらがあまりない。ようするに、あまり欲がない。だから草食とも言われるわけだし、だから、年寄りからは、物足りないように思われるのだろうが、
 私は、とてもいいと思っている。とても健全になってきている、と思う。価値観の多様で、みんなそれぞれの生き方をしている。ようやく個性的な生き方をし始めてきたようで、私はとても好きだ。

古い世代は、相変わらず洗脳されている
政治を変えれは世の中は良くなる・・・・
政党を変えれば世の中は良くなる・・・・
社会的地位を得れば幸せ・・・・
金持ちになれば幸せ・・・・
結婚すれば幸せ・・・

 それはみんな期待であり、今の若者にはそんな期待があまりない。つまり洗脳度が低い。現状維持でいい、という感じ方を持っている。悪く言えば絶望、あきらめている。
 古い世代は、社会や経済は成長しなければならない、と言う。 若者は、それにはピンとこない。 何のために成長しなければならない? 現状維持の何が悪いのか? そんな若者を批判する大人は多いが、そういう社会を作ってきたのは今の大人たち。
 でも、何かを変えるのが若者の力であり、それはそれぞれの分野でも出てきている。橋下徹もまだ40歳台だし、海外に進出している若者も多い。統計でも、社会に役立ちたい、と思っている若者の数は歴代でも最高に上がっている。
 見ていて、みんなすごくいい子ばかりなのだ。こんな時代に生まれてきて、物は豊かだが・・・ 夢もなく、前の世代のやってきたことの後始末、尻拭いばかりさせられるような時代に生きていかなければならない、いじめ、自殺、うつ、虐待など、闇の部分を含め、そんなややこしい時代の中で、自分なりに道を求めている。

 私は、これからの若者がこの日本・世界をどう変えていくのか、とても興味深いと思う。





 9月14日
 文部科学省が子供の自殺件数の調査を中止とか・・・ 実体を反映していないから、というが、何をいまさら、という感じだ。こんな当たり前のことをするのに、どれだけの時間がかかるのか?どれだけの犠牲者が生まれなければならないのか?
 子供が自殺する社会〜〜これがどれだけ狂っているのか、たぶん、まだお偉い方は感じていないようだ。
自殺とは、最終決定である。そこに至るまで、誰も助けてくれない、その現実!
 死んでから、社会は問題視する。騒ぎ立てる。
それもみんな、悪者探し。責任者探し。誰が悪いのかがわかれば、それでいいのか?記者会見で、謝罪すれば、それでいいのか?
死ななければ、誰も気にしない。自殺に至るまでの、その子の地獄は誰も気にかけない。
 なんという孤独な社会だろう。





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