2月 3日
市民出版社より電話があって、 「The Long and the Short and the All」の版権はまだ取れていない。
アメリカ本部との連絡が3ヶ月以上取れていないことによる。 話によると、どうもアメリカ本部の版権の担当者が、Facebook上でのOshoの言葉の引用をチェックすることに時間を取っているらしい。 ようするに、ネット上でOshoの言葉を勝手に使うな、ということらしい。
Oshoの本の表紙にOshoの写真を載せないように、とか、後書きにOshoのプロフイールを載せないような制約を作っているのも、同じ人物らしい。
早い話、この人は自分のOshoに対する解釈・考え方をOshoの本出版の方針に押し付けているわけだ。
ようするに、権力的なエゴイスト、というわけである。もちろん、この人物もサニヤシンである。
つまり、サニヤシンがOshoの本を出版しにくくさせているのだ。
なんとくだらない、馬鹿げた状況だろう・・・。
ここにも、Oshoの教え・ビジョンと真逆のサニヤシンが存在している。
というわけで、 「The Long and the Short・・・」の出版は3月のブックフェアには間に合わず、ブックフェア自体も延期になるらしい。
出版社としては、代わりにヴァサント・ジョシの「Osho: The Luminous Rebel」を先に出す考えもあり、リバイスは終了している。
ただ、この本の版権はインド・ムンバイの出版社だが、ここともまだ連絡が取れていない。
いっそのこと、版権を無視して出版できないものか、と思うが、そういうわけにはいかないだろう。 いらぬ揉め事は起こしたくないもの。
ただ、その版権を無視してOshoの本を勝手に編集して出版した人が、玉川信明である。
彼は邦訳されたOshoの本から勝手にOshoの言葉を引用し、編集して4冊の本を出している。 玉川氏本人のOshoへの傾倒、熱い思いから出た行動だろうから、その動機はすばらしいものだろうが・・・。
それと、いずれ翻訳したいと思っていた「The Message beyond Words」は、他のサニヤシンによって翻訳が始められているらしい。
これは出版社からの依頼らしくて、やはりこのへんも私と出版社との好みというか、傾向が似ている。
出版社も、Oshoのヒンディー語の講話を英訳した本を翻訳出版していきたいらしい。 確かにそれらの本は内容が濃くてエソテリックだからな・・・。
ただ、この依頼された人が翻訳を完成させられるかどうかはわからない。 この「The
Message Beyond Words」もかなりページ数の多い本だから・・・。
そういう版権の連絡が取れない状況のせいで、「存在の詩」の再販も出版の予定が立たなくなっているのだろう。
それと、山川紘矢訳のOshoの本の2冊目「勇気」は、あまり売れなかったらしい。 1冊目の「喜び」ほど宣伝にも力を入れなかったせいもあるらしいし、そのせいで角川書店は3冊目は出さないことにしたのだろう。
2月 4日
Oshoの版権について気になって、ネットを調べていたら、こんなサイトが見つかった。
http://www.h3.dion.ne.jp/~vasant70/gensousiryousyuu.htm
翻訳は多少粗いが、翻訳者はサニヤシンのようで、まあ、サニヤシンでないとこんなことに関心を持たないだろうけれど、2004年の文章なので、もう10年以上前である。内容はなかなか興味深い。
その中で、特に版権に関した部分を、少し訳文に手を加えて下に引用する。
「ニューヨークの「和尚インターナショナル」は和尚センターとなっています。 その公式ホームページによれば「和尚インターナショナル・ファウンデーション」のための著作の管理を行なっているとされています。
この会社は版権管理者として、また瞑想、body-mind-spirit、哲学、および、霊性の分野の出版元として機能しています。
「著作を構成するのは7000時間分のオーディオとビデオの記録に基づいて出版された350冊の本です。 さらに数百点におよぶユニークな和尚の美術作品、それぞれに音楽の数々です。」
ですから版権やフランチャイズからあがる多額の使用料が、インドを除く世界中の出版社、オーディオテープ制作会社、 センターやリゾートから集められて、まずニューヨークそしてチューリッヒの法人へと一握りの非インド人によって吸い上げられることになります。
この繋がりの中で最後の所有権を握るのはスワミ・ジャイエッシュ、スワミ・ムケシュ、スワミ・アムリットで、スイスにいて経営を監督し、すべての金銭は和尚のビジョンを拡大するという名の下に蓄積されることになります。
金銭はロイヤルティー、フランチャイズ、登録商標のかたちで世界中から徴収され、まずニューヨークの「和尚インターナショナル」へ、最終的にはスイス、チューリヒの 「和尚インターナショナル・ファウンデーション」に入金されてスワミ・ジャイエッシュ、スワミ・ムケシュ、スワミ・アムリットの共同的あるいは個人利用に伴されることになります。
ヒンディー語版の書籍の60%が絶版になっている一方で、寄付金や書籍展示と販売による収入の形で再版を行なうのに必要な充分の予算が眠っています。 その上400冊以上の書籍を出版してきたインドの出版社はどこも高額の使用料を払う気にはなっていません。
インディアン、エクスプレス、新聞記事より
これらニューヨークの3人は和尚の遺産を乗っ取ることはできない。
スワミ・チャイタニヤ・キルティはひどく怒っている。
和尚タイムスの前編集長であるプーナのコミューンのスポークスマンは、Omerataの規定を破って和尚のワークの版権と所有物がニューヨークへ移されたことを語った。そこへアシュラムの本部がこっそりと移されたのだ。 この精神的遺産の窃盗は苦い結果に終わる闘争となるだろうと、彼はブリティシュ・ナンディに語る。
以下はインタビューからの抜粋である。
和尚のワークの版権についてのこの論争とは正確には何なのでしょう?
マ・ニーラムによれば、和尚がアメリカから追放され、他の21カ国にも拒否された後インドに戻ってきた時、和尚が最初に決めたことは彼に属するもの全て、彼の書籍も含めてインドに移されるべきだ、ということです。彼がオレゴンに移ったとき、全て彼と共にそこに移されました。そこで彼はニーラムに全部戻すよう言ったのです。
しかしある奇妙な理由により、戻らなかったのです。彼らは和尚の所有物と版権の多くをアメリカに戻し、それからチューリヒに登録したのです。
これは和尚が存命中になされたのですか?
マ・シーラが最初のうちはそれをやっていました。彼女の仕事を引き継いだ人間が同じように卑劣なことを続けたのです。
和尚が全てここにもどさなければいけない、と言ったにも関わらずです。
これについて誰か証人はいますか?
マ・ニーラムです。彼女は当時和尚の秘書でした。けれども私達はそれより後1998年になってそれを知るに至りました。
この過程は明らかに1991年の7月10日に始まっています。和尚は1990年の1月19日に肉体を去りました。そして1年のうちに彼らは和尚の全ての版権と商標を海外に概に登録していました。
私達はこの情報を偶然1998年にインターネットを見ているときに知りました。osho.orgでさえosho.comになっていました。 つまりこれは明らかに彼らがやったことです。これを私が指摘したとき、彼らの私に対する態度全てが変わりました。 彼らはまた、今回ニューヨークに本部を持ったとアナウンスしました。それまで誰もそんなことを聞いたことはありません。
私達は皆大変驚きました。 それまで私達はプーナが私達の世界的な中心だと思っていました。そこは和尚が彼の生の最後の年月を過ごした場所です。 そして彼が肉体を去ったところです。ニューヨークからなにがもたらされたでしょう?
あなたは抗議したのですか?
私達が質問し始めた瞬間、私達は全ての答えはニューヨークからくるだろう、と言われました。
もしインドが和尚の本を出版したければニューヨークに頼まなければならないのです。 もし日本が本を出版したければニューヨークに聞かなければならないのです。 もしフランスが何か出版したければニューヨークにチェックしなければいけないのです。
私達は皆驚きました。コミューン全体はここにあるのに、ニューヨークの3人の人間が全てをコントロールするなんてどうして起こったのでしょう?
このニューヨークの3人とは誰ですか?
あらゆる事にいつも浮かび上がってくるのはクラウス・スティーグという名前です。彼のサニヤス・ネームはプラモードです。
しかし妙なことに彼がサニヤスを取ったのは1990年以降のことで、和尚が肉体にいるときは彼は和尚に会っていません。
どうして和尚が血肉の通った肉体にいるときに和尚を見たことも会ったこともない人物が、今や和尚が残した物事全ての責任者であれるのでしょう?」
・・・・全く残念な、情けない話だが、これは2004年の記事である。
そして現在も、その状況は変わっていない。 市民出版社が言っていたアメリカの版権担当者の名前もプラモードだった。
なぜ、このたった3人に対して、世界中のサニヤシンたちは抵抗できないのだろう?
完全な権力的構造がそこにある。
なんとかならないものだろうか・・・・・・・・・・・・。
2月 5日
上の記事で、「ヒンディー語版の書籍の60%が絶版になっている一方で、寄付金や書籍展示と販売による収入の形で再版を行なうのに必要な充分の予算が眠っています。 その上400冊以上の書籍を出版してきたインドの出版社はどこも高額の使用料を払う気にはなっていません。」
と書かれてあるが、調べたところ、本によるがけっこう出版されているものは多い。
Category:Hindi Publications
マハーヴィーラについてのヒンディー語版は3種類5冊あるが、いずれも2003年以降にも再販されている。 ただこれらは全てまだ英訳されていない。
それでもこれらのヒンディー語の新刊本は、いずれもOshoの写真が表紙に載せられている。
ニューヨークの本部の、Oshoの顔写真は表紙に載せない、という意向と違う。 このあたりの事情もよくわからない。
Mahavir Vani, Bhag 1 Mahavir Vani, Bhag 2 Mahavir Ya Mahavinash Mahavir Meri Drishti Mein
ヒンディー語版の「Gita Darshan」全8巻は4版を重ねていて、最新刊は2008年から2011年の間に出されている。
これの英訳は2012年に1巻の部分が出されている。
やはりギータはインド人に最も親しまれている経典だから人気があるのだろうし、こういった状況はとても嬉しいものだが、
仏陀についてのヒンディー語の講話「Es Dhammo Sanantano」全6巻はデータが見つからない。 おそらく絶版になっているのかもしれない。
ただ、まだヒンディー語版を全部把握しているわけではないので、これらの例は、たまたま絶版になっていない残り40%の部分の話なのかもしれない。
2月 8日
この自分のホームページは、もともと自分が撮りためた写真を載せることがメインだったが、最近は完全にOshoのページだけに関わっている。
Oshoのホームページとして見ても、これだけ充実しているのは日本では他に無いだろうと自負している。
ただ、あくまで個人的なものだから、他のOshoのサイトのようにイベントやセッションなどはしていないし、そんなことには興味もない。
日記も、自分が感じたこと、体験したことしか書けない。
Oshoの講話については、ほぼ全てを網羅している、現時点で完璧なものだと思っている。見る人が資料として参考になれば幸いだ。
英語書籍・講話リスト
出版状況については流動的だし、その全てを把握することにあまり意味を感じない。Oshoの全ての本を持っているわけでもないし、邦訳本でも、特に禅についての講話はほとんど持っていない。雰囲気的に好きになれない本も数冊ある。
原書について言えば、大まかにいって旧プネー時代、オレゴン時代、新プネー時代と3期に分かれるが、やはり個人的には旧プネー時代の本の装丁が一番好きだ。中にはOshoの写真がふんだんに使われているし、ほとんどハードカバーでしっかりしていて、デザイン的にも美しい。Osho自らが本の装丁に指示を出していたからだろう。
それに比べてオレゴン時代のOshoの本は貧相だ。ほとんどペーパーバックで、しかもモノクロで小さい。何とも安っぽい感じがする。
第3期の新プネー時代の本は、レベル出版から出ているが、重厚すぎて味気ない感じ。悪くはないけれど、オレゴン時代のものよりかはましだが、もう少し繊細な美しさが欲しい。
当然、最も古い旧プネー時代の本は希少価値もあって在庫のあるものは値段が高くなりつつある。
その中の「Vedanta: Seven Steps to Samadhi」を、今日、アマゾンUSAに注文した。価格は$54.31、約6,600円。
この本はこれまで3版出ていて、左から1976年、1997年、2006年の出版。これはオレゴン時代の出版はない。
買ったのは左の1976年刊の本。これもいずれ翻訳したいと思っている。
「Yoga- The Alpha and the Omega」の、旧プネー時代の本も欲しいと思っている。これは全10巻で、現在は8巻だけを所有していて、ネットでは2巻と4巻がアマゾンに、3巻が日本の古本屋の検索ネットにあるが、いずれも価格は1万円前後する。少し躊躇しているところ・・・。
数日前から、アメリカのOshoファウンデーションに出版権認可の催促のメールを何回か送っている。今のところ何の返答もないし、何らかの効果があるかどうかはわからないが、しばらくはしつこく送り続けてみようと思う。
Oshoファウンデーションについて言えば、以前にこのOshoのトップページにリンクしていたOshoのYouTube映像のいくつかが、Oshoファウンデーションの警告によって削除されていた。
現在はOshoの伝記「Osho The Luminous Rebel」のリバイス原稿の再見直し中。
2月 12日
「Osho The Luminous Rebel」のリバイス原稿は9日に市民出版社に返送する。
「ビヨンド・サイコロジー」の翻訳に戻り、残り1章になる。
「炎の伝承」の翻訳の時にも感じたけれど、これらのウルグアイでの講話は、当時のOshoの状況を知っている人にとっては興味深い話が続いているが、最近新しくOshoを知った人にとってはどう受け止められるのだろうか、という懸念がある。
まあ、世界の政治家や権威的宗教家がOshoに対してどのような扱いをしたのか、という貴重な証言にはなるだろうし、Oshoのサニヤシン・セラピストたちがマスター気取りで自分のエゴを満足させようとしていたその様子も伺い知れる。
上記にあるように、ニューヨークにいる少数のサニヤシンが全世界のOshoのワークを管理しているという状況は、明らかに中央集権的なものであり、実質、Oshoが晩年に設定した21人から成るインナー・サークルはほとんど機能していない、ということだろう。その中の2人がこの権力を握っているわけだし・・・。
Oshoが肉体を離れて25年以上が過ぎているし、結局、そのワークはそれぞれのサニヤシンたちの意識状態に委ねられているわけだから、それぞれの思惑、願望、解釈によってそのワークが歪められていくのは仕方のないことかもしれない。
結局は、ラジニーシプーラム時代に起こったシーラとその一味による支配的構図が、現在も再び起こっていると見てもおかしくないだろう。
その小さなものは、日本でも、シャルノを中心に起こったわけだし、その状況のおかしさをどれだけのサニヤシンが感じ取っているのか、ということが問題だろうけれど、そういう状況を率先して進めたパルバや、Oshoからフーマンに明け渡したキヨタカなどには期待すべくもない。
この、Oshoの本が出版しにくくなっているという状況は、Oshoの翻訳への意欲をそぎかねないものになりがちだが、少なくともこれらの外的な問題解決は市民出版社に任せるしかない。 他にもOEJ や Osho Japan という機関があるが、彼らがこの問題についてどう対処しているのかさっぱり伝わってこない。
現在の日本で、まともにしっかりとしたOshoのワークを継続しているのは、市民出版社を含むサクシン瞑想センターくらいのものだろう。
Oshoのアーカイブもここが取り扱っているし、そのセンターのFacebookにも、30人もの人たちが瞑想キャンプに参加したり、新たにサニヤスを受けた人もいる、という情報が書かれてある。 そういうことを知ると、希望とやる気がわいてくる。
出版される日がいつになるのかわからなくても、Oshoが言うように、存在に手放しして、ただひたすら翻訳を続けていくだけだな・・・・。
2月 13日
オレゴン・ラジニーシプーラム時代のシーラの問題は、アメリカからの圧力によってシーラ自身がコミューンから逃亡したのと、その間沈黙していたOshoが再び語り出してシーラの陰謀を暴いたから、一応問題の解決にはなったのだが・・・・、皮肉にも、アメリカの不法な扱いがシーラの行動を浮き彫りにさせたわけでもあるが・・・、
今回のOshoファウンデーションの権威的状況は、特に外部からの圧力もなく・・・・むしろ、世界中がOshoを称賛している・・・・、Oshoは既に肉体にいないため、沈黙は続いているし、
だから、この権力的構図を改善させる方法は全く無いように見える・・・・。
既に10年以上もこんな状況が続いて来たわけだし、
OEJやOsho Japanは新刊を出さず、過去に出た本の在庫を扱っているだけだから、このおかしな状況を知らないのだろう。
瞑想社も、「ダンマパダ」の続刊を出すなどと以前は言っていたが、この状況では完全に不可能だろう。
そもそも翻訳者がいないだろうし、こんな状況が続けば、世間でようやく高まったOshoへの関心も次第に消え始めるだろうし、そうなると瞑想社の社長のOshoへの関心も薄れていくだろう。
この状況を知らない一般の人は、Oshoの本が出なくなったことを、翻訳者や出版社などOshoのワークに関わる人の怠慢だと見るかもしれない。
出したくても出せないのに・・・!
まあ、もともとOshoの講話の出版は、ミニコミ誌、小冊子の形で仲間内の間で始まったものだから、そういう原点に戻ってもいいのかも・・・・。
私の翻訳もボランティアで、本の売れ行きが良くなっても、私にとっては気持ち的にはうれしいが、経済的には何の得にもならない・・・・。
また、1月の日記に書いたように、自分の初心に戻れば、私の翻訳の動機は自分の探究のためであり、Oshoの言葉を広めたいということは二次的なことだし、周囲がOshoに関心を持たなくなったとしても、私にとってはどうでもいいことだ。
そうなると、Oshoの本をまるまる一冊完訳させる必要も無く、ただその中から興味のある章だけを抜き出して訳出してもいい。
それが本当は自分のやりたいことなのだけれど・・・。
2月 17日
これまでの翻訳活動の流れを振り返ると・・・。
2011年、5年前に「The Book of Wisdom」(アティーシャの知恵の書)の翻訳を始めるが、これはそれまで少しずつ大まかに訳していたものを終わらせようという気持ちから始めたもので、その頃はOshoに対して何の理解もなく、まだ混乱の中にいた。
それが、この本を翻訳していくうちに、ようやくOshoの教えを理解することができるようになり、同時に自分のサニヤシンとしての清算が始まっていった。
同年8月に、市民出版社にこの本の出版について問い合わせると、偶然にも、出版社側もこの本の翻訳を進めていた。
ただ、その進行は2人の翻訳者によってだったが、あまり進み具合は良くなくて、少し行き詰っていた状態だった。
それで私に全ての翻訳を任されることになり、10ヶ月かかって2012年の1月に翻訳は完了し、
「アティーシャの知恵の書」上巻は3月に発売になり、下巻は2013年の6月に発売される。
2011年10月に、神戸でインドの物産展「インディア・メーラー」が開かれていて、そこへ市民出版社〜サクシンのスタッフもインド料理の店として出店参加していて、そこで初めて翻訳担当者と出会い、話をする。
昔のサニヤシンのようなトゲトゲしい感じがなく、とても常識的でソフトな、普通の印象を受けて好感を持った。
次の翻訳も「The Transmission of the Lamp」(炎の伝承)をしたいということが、お互いの要望として一致した。
これも約10ヶ月かけて翻訳を完了し、2014年12月に1巻が、2015年4月に2巻が発売される。
その間、秘教的な内容のものを翻訳したくなって、「Krishna : The Man and
His Philosophy」の15章「死後の生と再誕生」を翻訳する。
次に、仏陀の経文についての講話「The Discipline of Transcendence」全4巻の翻訳を始める。
これも市民出版社は10年前に他の人に翻訳を頼んでいたらしいが、その人は1章も完成できなかったらしい。
このシリーズでは、第2巻の最終章にOshoが光明を得たときの様子が語られている。
これは15ヶ月かけて全4巻完訳する。 いまのところ出版予定は未定。
この講話の1巻の翻訳が終わったところで、また秘教的な、死に関するものを翻訳したくなって、「And
Now,And Here」(死ぬこと生きること)を翻訳する。
これも実は出版社側で、この本からの抜粋も含めた死に関するOshoの講話の編集本を出すつもりだったらしいが、結局その企画は潰れてしまった。
それでも出版社としても10年前からこの本を出版リストに入れていたらしく、これは4ヶ月かけて翻訳し、2014年7月に発売される。
「The Discipline of Transcendence」の2巻の翻訳が終わったところで、別の翻訳「The
Long, the Short and the All」に移る。
約3ヶ月かけて2014年5月に完訳する。
翻訳担当者も、その講話の語り口のストレートさと本質的な内容の濃さと深さに感動していたが、この本が、現在出版を進めていながら、なかなか版権が取れない状態が続いているものだ。
実は、この講話を翻訳する前にも、秘教的な講話を翻訳したくなって、「Yoga:
The Alpha and the Omega Vol.8」の第1章「死とカルマの秘密」を翻訳する。
「The Discipline of Transcendence」の3巻の翻訳が終わったところで、「The
Transmission of the Lamp」のリバイスにかかったが、その終盤のところ、2014年8月の終わりに右足の病気で2週間入院する。 病室にノート・パソコンを持ち込んでリバイスを続ける。
実は、右足だけに限らず、この年の5月頃から右肩や腰の痛みで身体はボロボロの状態だった。 とにかく身体を横たえると痛みがひどくなり、まともに寝れない状態が続いていた。
「The Discipline of Transcendence」全4巻の翻訳は2014年12月に完了し、翌年始めに、ラマ・カルマパ僧との謁見記が掲載されている「The Silent Explosion」の翻訳を始め、約2ヶ月で完成するが、今のところまだ出版の予定はない。
その後、Oshoの伝記「Osho: The Luminous Rebel」の翻訳を始め、4ヶ月かけて2015年6月の半ばに完成する。
「The Long, the Short and the All」の版権交渉が進まないので、こちらの本の出版を先に進めるようで、現在はどちらもリバイスは完了し、版権が取れた時点で校正に入る準備をしていると思われるが、いまだにどちらの版権も取れていない。
2015年6月から「Beyond Psychology」の翻訳を始める。これはOsho Timesに原書の3分の1の講話がシリーズで掲載されていて、それで出版社もこの本の翻訳を進めていたが、数人の翻訳者に任していたため、訳文の雰囲気の統一が出来なくて、半分くらいのところで止めていたらしい。
その翻訳を約9ヶ月かけて完成する。現在はそれの見直し中・・・。
その間に、「Yoga: The Alpha and the Omega Vol.2」の翻訳を少しずつ進めていて、現在第4章目に入っている。
「Beyond Psychology」の翻訳が終わると、その後はこのパタンジャリについての講話とクリシュナについての講話を平行して進める予定。
どっぷりヒンドゥーの世界に浸ることになる。
「炎の伝承」でもそうだし、この 「Beyond Psychology」でも、次に続くOshoのワーク、ミステリー・スクールについての示唆がよく語られている。
この時期の講話では、かなり秘教的な内容が語られる、ということをこの2つの講話でほのめかしているが、このミステリー・スクールの講話は1冊も翻訳されていない。該当するもので17冊ある。これもいずれ翻訳したい講話だ。
2月 18日
2011年以降のOshoの洋書購入暦〜
2011年12月16日 「
The Silent Explosion」
-- Amazon UKから7,760円。1973年版。今はこの版は入手不可能。
2012年 1月 7日 「
The Sound of Running Water」
Amazon USAから57,200円。2010年1月に限定700部で復刻されたもの。
オリジナルは1981年3月刊。オリジナルより一回り小さく、ページ数も少なくなっているが、Oshoの若い頃の貴重な写真が掲載されている。
2012年 2月19日 「
I Am The Gate」
Amazon USAから3,530円。1978年版。「未知への扉」の原書。
2012年 3月26日 「
The Mystic Experience」
1977年版。日本の古書店でネットで見つける。4,120円。
後に In Search Of The Miraculous と改題されて再販される。「奇跡の探求」1,2の原書。
2012年 3月27日 「
The Psychology of the Esoteric」
1978年版。
Amazon USAから260円と安値で購入したが、それだけ中身は赤ペンでラインがびっしり引かれていた。「秘教の心理学」の原書。
2012年12月11日 「OSHO The Luminous Rebel」 Vasant Joshi 2010年版。 Amazon Japanから1,360円。
気がつかなかったけれど、このOshoの伝記を注文した12月11日はOshoの誕生日だったのだ。まったくの偶然!
2014年 4月 6日 「
Yoga: The Alpha and the Omega Vol.8」
1977年版。 Amazon Japanから5,130円。
2015年 3月 1日 「
The Message Beyond Words」
1999年版。 Amazon Japanから880円。
2月 19日
めるくまーる社から出ているOshoの「魂の科学」を購入する。
これはパタンジャリについての講話「Yoga: The Alpha and the Omega」からの編集本で、原書は全10巻、100章あるが、その中から6章を選んで編集されたものだ。
まあ、100章から6章だけを選び出すのだから、かなりムチャな、乱暴な編集本だと思うが・・・、
いずれこの講話も全巻翻訳するつもりでいるので、編集本としてのこの本が原書のどの章から選出しているのかがずっと気になっていた。
ネットで調べても、その情報はまったくない。
それで本書を手に入れて自分で調べたところ、
「魂の科学」の1章は原書1巻の1章に当たる 〜この原書1巻は市民出版社から「魂のヨーガ」として出版されている。
2章は原書1巻の3章、3章は原書1巻の9章、4章は原書5巻の5章、5章は原書6巻の7章、ということがわかったが、
6章だけが質疑応答で「高速車線のヨーガ」という変なタイトルだが、これだけは原書のどの巻の章に相当するのかわからなかった。
全6章の内の半分が原書の1巻から、つまりは「魂のヨーガ」から選ばれている、というわけだ。
もちろん「魂のヨーガ」は原書1巻をそのまま完訳したものだから全部で10章ある。それでも、この「魂の科学」と「魂のヨーガ」は同じ価格である。かたや6章で、かたや10章で、どちらも2300円。つまり、「魂の科学」の方が割高ということになる。
原書のタイトルは「Yoga Science of the Soul」〜左の本〜となっているが、
オリジナルの「Yoga: The Alpha and the Omega Vol.2」の改訂版〜右の本〜としてこのタイトルに変えて出版されているものもある。
http://www.sannyas.wiki/index.php?title=Yoga:_The_Science_of_the_Soul 出版変遷
つまり、「Yoga Science of the Soul」という同じタイトルで、編集本と「Yoga:
The Alpha and the Omega Vol.2」の改訂版の、異なる内容の本が2冊存在していることになる。 なんともまぎらわしいことだろう・・・。
原書を知らない人は、当然これを編集本だとは認識しないかもしれない。
少なくともこの本の出版元である瞑想社の社長はそう思っているようだ。なぜなら彼は、この「魂の科学」の続巻を出すつもりでいるのだから・・・。
編集本の「Yoga Science of the Soul」の続巻は存在しないし、それ以前に、版権交渉が現状のような状態では、それは完全に不可能なことだけど。
2月 22日
昨日、アメリカのAmazonに注文していた「Vedanta: Seven Steps to Samadhi」が届く。配達予定日は3月中頃になっていたからずいぶん早い到着だ。
この本は分厚い。500ページある。タイトルに惹かれる。「ヴェーダンタ、サマーディへの7つの段階」。ヴェーダンタは、ヴェーダの経典の最後の部分に相当するもので、ほぼウパニシャッドと同義語である。
個人的には、このような段階的な、分析的、科学的なものが好きだ。パタンジャリのように・・・。
その対極にあるのが、タントラ、タオ、禅だろう。つまり、あるがままに、流れにまかせて、無為自然に〜、と。
確かに真実はそうであるだろうし、それはそれで美しい言葉だが、それだけで達成できるのであれば、誰でも達成しているだろうし、誰でも光明を得ているだろう。
だが現実は・・・? ただ自分はそうなっている、という気分に浸っているだけだろう。自分は光明を得ている、という夢を見ているだけかもしれない。
あるがままでなければならない、流れにまかせなければならない・・・、という自分へのコントロールが起こり得る。それが起こる時点で、すでにあるがままではなくなっている。 結局は、くつろぐための努力・・・、それがダイナミック瞑想の意味であり、Oshoの方策でもあるのだが・・・。
その辺りのジレンマから生じる質問が、現在翻訳している「ビヨンド・サイコロジー」の中に出てくる。
この本では、それまで感じていたOshoやそのワークに対する矛盾や疑問が、かなり多く、また明快に解き明かされている。個人的には、これもかなり重要な本だと感じている。最初は、市民出版社を助けるために始めた翻訳だったが、やはり、それぞれは自分にとっても深い意味を持つものだったのだろう。
ただそれでも、現在のような状況では、この「ビヨンド・サイコロジー」が出版されるのは、早くても5年以上先になるだろう・・・。
サニヤシンの上層部の連中がOshoの本の出版の邪魔をしているのだから、全く話にならない。
現在、こういうものを作っている。 Osho洋書出版年代別一覧
まだ未完成だが、ある程度出来上がったので公表してみたい。 画像的にOshoの本の表紙デザインの変遷が見られて、我ながらおもしろい。
2月 25日
「ビヨンド・サイコロジー」39章から〜
「あなたが他人に、自分の内側の成長について干渉させないために絶えず用心深いままでいるなら、あなたが存在ととても調子が合うようになる瞬間が、存在と一つになる瞬間がやって来る・・・・。」
このOshoの言葉が心に響いた。他人に自分の内側を干渉させないこと。そのために独りでいることは重要になる。
今は、過去に干渉してきた他人の言葉を消していくことが自分の課題になっている。 特に、過去のサニヤシンやセラピストからの暴言を消すことが・・・。
2月 26日
本日、「ビヨンド・サイコロジー」の翻訳見直しが全て完了し、市民出版社に送る。
版権交渉の進展はいまだに何も連絡がない。
この「ビヨンド・サイコロジー」の講話はウルグアイでの講話3部シリーズの最初のもので、この講話の後半では、特に催眠についての話が多くなっている。
Oshoはこの講話の最後の章で、これから始まる新たなワーク、ミステリー・スクールについてこう言っている。
「催眠の秘密はそれがあなたを無意識へと連れて行くことにある。その時あなたは無意識の中にどんなものの種でも入れることができる。そしてそれは成長し、開花するだろう。・・・・
催眠はミステリー・スクールの最も重要な部分の一つになろうとしている。・・・・
スピリチュアルな成長にとって、私は催眠より重要な何かがあるとは思わない。
・・・・・・
真実は神秘であり、それはミステリー・スクールにおいてのみ発見され得る。そしてこの段階は最も貴重になろうとしている。私たちが前にしてきたことはすべて準備だった。ミステリー・スクールは浄化を作り出すだろうし、その成果は完璧であるだろう。」
こう言われると、ますますこのミステリー・スクールへの関心が高まるが、これは実践的なワークを通してのみ意味があるので、そのワークに直接的に関わっていなかった者としては、それに関連する一連の講話からそれを垣間見るというか、推測するしかない。
このミステリー・スクールの講話シリーズは、正式には「The Osho Upanishad」から始まる。以後、最後の「Yaa-Hoo!
The Mystic Rose」まで17冊続く。
このシリーズの中で特に興味があるのは、マントラ・シリーズの「Satyam Shivam
Sundram」、「Sat Chit Anand」、「Om Mani Padme Hum」、「Hari Om Tat Sat」、「Om
Shanti Shanti Shanti」、そして、ヴィパッサナや日本の魂について語った「The
New Dawn」だ。
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翻訳が一段落ついたところで、Oshoの講話の音声を聞く。ネットからDLしたもので、聞いたものは「超越の規律」第1巻の第1章。英語で意味はわからなくても、Oshoの声を聞くのは気持ちがいい。この講話は長い、時間を計っていなかったが、たぶん1時間半くらいあっただろう。最後まで通して聞いたのは初めてだ。
そして、改めて驚いた。周知のとおり、これらは全て即興で話されているものだ。それなのに、まったく言葉につまるところがない。まさに自然に、流れるように話が進んでいく。しかもその内容は本質的な真実を含む深いものばかり〜。
さすが、インド全土での弁論コンクールで優勝しただけのことはある。しかもその話術は天性のもので、どんな弁論術も習得したことはないという。
自分で翻訳した講話だから、大まかな内容は聞き取ることができたが、それよりも、話の間を置くのが絶妙だ。話の間で一瞬沈黙する。そこで聞いているこちらはマインドが止まる。瞑想が起こる。
Oshoの講話は知識を伝えるためではなく、マインドを落とすため、沈黙・瞑想のためだ、ということがわかる。
Oshoの講話は、音楽を聴くように聞くのが正しい聞き方ともいえる。
それでも、これだけの話をスラスラと1時間以上も話し続けられることは全く驚異的だ。それも即興で、しかも毎日、ほとんど休みなしに、あらゆるスピリチュアルなテーマを・・・。その成果が、これらの数100冊の本として残されている。そして何より、聞いてて全く疲れない。マインドが止まるから、気持ちがいいのだろう。
話し、として思い出すのが、昔、「インド憧憬」という雑誌の中に載っていた津田真一と仏教僧侶との対談で、津田氏はかつてプネーのアシュラムに行ったことがあり、そのときにアシュラムの案内者からOshoが毎日講話をすることを聞いて、「バカヤロー!、ヨーギが話すわけないじゃないか!」と息巻いていたことを自分で回想していた。その後、その対談で僧侶に「ラジニーシ(当時の名称)なんて偽者ですよ。」と言っていた。
津田真一についてはよく知らないが「反密教学」という本を書いた仏教学者らしい。 まあ、ヨーギが話すわけがない、というその根拠がよくわからない。なぜなら、Osho以外でも、クリシュナムルティ、ダライ・ラマ、ラーマクリシュナ、チョギャム・トゥルンパなど、みんな講話をしているからだ。
いわゆる知識人の先入観、頭の固さ、閉じたハートを象徴しているように見える。
2月 27日
Oshoのワークや講話で、未だによくわからない点がある。それは・・・
Oshoの英語の講話は西洋人に対して語られたものであり、ヒンディー語の講話はインド人に対して語られたものである。
そしてOshoは講話の中で、よく西洋と東洋に二分化する。この場合の東洋とは、ほとんどインドを指している場合が多い。
では、日本は西洋なのか?東洋なのか?ということだ。
つまり、Oshoは直接日本人に語って講話していない、Oshoは日本人を理解しているのだろうか?という疑問が生じる。
これが、過去においてしばらくOshoから離れた理由の一つでもある。Oshoは日本人をわかっていない、日本人のための教えがない、ということだ。
このウルグアイでの講話シリーズでも、Oshoは日本人について少し触れているところがあるが、明らかに誤解している話もある。例えば、「炎の伝承」では日本人はイエスを、肯定を表す時に首を横に振る、西洋人にとってはノーの表現をする、それはまったく正反対だ、というようなことを言っている。
私が初期に受けたセラピーはだいたい西洋で開発されたものであり、当然それは西洋人のために、西洋人に適したものであり、当時のセラピストはそれをそのまま日本人に当てはめていた。当時の何も知らない自分としては、ただセラピストの言いなりになるしかなかった。それでうまくいなくても、効果がなくても、それは自分が間違っているからで、方法は間違っていない、というわけだ。なぜならその方法は、多くの西洋人に対して効果を上げているからだ。
その後、西洋式セラピーは日本人には合わない、というワドゥダのような人も出てきたが、所詮彼女も西洋人である。
西洋人の目を通した日本人観で判断されているように見える。
改めて、日本人は西洋的なのか、東洋的なのか・・・? おそらく、その中間にいるのかもしれない。いい意味では、両方の良い部分が入っていると言えるが・・・。
Oshoが、未来のスピリチュアルなワークを日本人に期待していたのは、日本人に西洋と東洋の両方の要素が入っているからだろう。問題は日本人自身が、その両方の要素をどううまく消化して力に変えることができるか、だが・・・。
だから、大半のOshoの英語の講話は、あくまで西洋人に対して語られているものだ、という前提は持っていたい。
要は、Oshoのワークにおいて、日本人としてのアイデンティテイが見つけにくい、とも言える。難しく考えれば・・・・。だから極端な話、神道のシャルノの元に集まったり、奈良の天河神社にこだわったり、と、日本の古来の宗教に結び付けて考えようとする。Oshoを日本の神話と関連させようとしているサニヤシンもいるみたいだし・・・。
サニヤシンを止めて禅僧になった友人もいる。多くのサニヤシンがオウム真理教に入信したのも結局は同じ理由だと思う。日本人のことがわかる、同じ日本人の指導者を求めていたのだろう。
結局、Oshoの日本人に対する見方をそのまま受け入れていいのかどうか、という葛藤は未だにある。
だから、Oshoが日本人について語っている講話は、例えば「The New Dawn」、「Zen: The Path of Paradox」などには興味がある。
最終的には、西洋だ、東洋だ、日本だ、というこだわり、区別を超えることが大切なのだけれど、まずは自分が立っているところを知ることも重要だとも感じる。
そういう意味で、別に幕末維新についても強い関心を持っている。近代日本はまさにそこから始まったのだから・・・。
2月 28日
上の日記の西洋的、東洋的の話の続き・・・、
なんだかんだといっても西洋人はキリスト教の条件付けにどっぷりはまっているということ。胸で十字を切ったり、「オー・マイ・ゴッド!」とか「ジーザス!」と叫んだりするし・・・。そしてインド人はどっぷりヒンドゥー教の条件付けにはまっている。
では日本人は? それがよく見えてこない。 よく、日本人には宗教がない、と言われる。仏教にしても神道にしても、形式的なもので、ケース・バイ・ケースで使い分けている。めでたい事は神道で、忌み嫌うことは仏教で、というところ。
ただ、暦や行事の扱いは陰陽道に基づいているし、道徳観はどうも道教・論語が基本にあるように見える。
そもそも、日本の仏教は中国思想の影響を受けた仏教から始まり、それに日本古来の山岳信仰・修験道も関わっている。ようするに日本独特の仏教であり、インドのオリジナルな仏教とは違っている。
かといって、仏教とは何か、神道とは何か、と問われて、明確に答えられる日本人がどれだけいるだろう?
西洋人はキリスト教の条件付けにどっぷりはまっている。
だから、西洋人向けに語られたOshoの英語の講話は、西洋人のマインド・条件付けを考慮して進められているように見える。個人的に訳していても、日本人としてピンとこないような、どうでもいいような話に出くわすことも多い。
Oshoが日本について語った部分ばかりを編集して出版したらおもしろいのではないか、と思うが、編集本は禁じられているのでそれはできないだろう。
Oshoの日本についての誤解で、もう一つ、これも「ピヨンド・サイコロジー」から、切腹の話があり、ハラを切ると痛みは全くなくて、瞬時に人は死ぬ、とOshoは言っている。これは私が知っている切腹の話とはまるで正反対で、人間の身体の中で、腹を切ることが最も痛むところであり、そのために介錯が必要になっている、と聞いている。実際のところは、どちらが真実なのかわからないが・・・。
版権の遅々たる状況をふまえ、あまり出版されることに期待せず、黙々と翻訳を続けるのみ、まさに、瞑想的に・・・。
市民出版社としても、出版ワークは続いていく、と言っているし、それは次世代に引き継がれていくという意味だろうし、そのためにも少しでも多くの翻訳を残していくのは大切なことだろう。20数年後の版権解禁の明けに自由に出版できるように、できるだけ多く翻訳をストックしておきたいものだ。
それが日の目を見るのはいつの日になるのか、わからなくても・・・。
少なくとも、Oshoの講話の全てを把握している私が、それをしなければならない役割にあるのだろう。
次世代の誰かが、そのワークを引き継いでくれることを期待して・・・・。