12月 3日

 
Yoga: The Alpha and the Omega 第4巻の3章の翻訳が終わったが、まあこの章の英語原文は酷かった。単純な単語の綴り間違いだけでなく、ともかくOshoの肉声に忠実ではない。ところどころ書き換えられている。確かにこの講話のOshoの語り口はかなり早口で聞き取りにくいところもあるが、それでも私の聞く耳でもわかるような箇所でも書き換えられている。英文に書き起こした人の性格が反映しているのだろうな。
 とにかく、英文の原書はOshoの言葉を忠実に再現しているという固定観念が見事に崩れた。

 原文が肉声と食い違っているのがわかったのは、原文のままでは意味が取れなかったり、まったく逆の意味になって文章として成立しないようなところがあったからだ。そのたびに肉声の音を聞いて確かめた。

 これはまだ3章で、全体としてもまだ第4巻だから、同様な原文が続けばこれはけっこう大変な作業になるかもしれない。
 それ以上に、後にリバイスをする人がとまどうかもしれない。まあ、翻訳文として意味が取れていれば問題ないだろうが・・・。


 だいぶ前から「存在の詩」の改訂版が2016年12月1日に発売予定とAmazonで表示されていたが、今、Amazonを見てみたら「存在の詩」の項目は消えていた。つまり、結局は発売されていない、ということだ。実際、1年以上前から2016年12月1日に発売予定と表示されていたから、そもそもおかしな状態ではあったのだが、ようするに版権の問題でだめになったのか、いまここ塾サイドで出版をあきらめたのか、だろう。
 いまここ塾では、Oshoブームは終わったのかもしれない。



 
12月 4日

 市民出版社サイトで「真理の泉」の発売が告知される。12月23日発行、424頁、2,350円。
 表紙のデザインがとても美しい。

 



 12月12日

 
Yoga: The Alpha and the Omega 第4巻の4章から・・・

 「文化、社会、文明はすべて宗教と相入れない。
 宗教は革命であり、あなたの文化的な条件付けの中での革命、あなたの社会的な条件付けの中での革命、あなたが生きてきた、そして生きているすべての領域での革命だ。

 すべての社会は宗教に反対する。私は社会が作り出したいわゆる寺院やモスクや教会について話しているのではない。それらは策略だ。それらはあなたを騙すためのものだ。それらは宗教のための代用品であり、それらは宗教ではない。それらはあなたを誤って導くことになる。あなたは宗教を必要としている。
 彼らは言う、「そうだ、寺院に、教会に、グルドゥワラに来なさい。ここではそれが宗教だ。来て祈りなさい。宗教をあなたに教える説教者がそこにいるだろう」と。これは策略だ。社会は誤った宗教を作り出した。それらの宗教がキリスト教、ヒンドゥー教、ジャイナ教だ。
 だが仏陀は、またはマハーヴィーラは、またはイエスは、またはモハメッドは常に社会を超えて存在している。
 そして社会は常に彼らと戦う。そして彼らが死ぬ時、社会は彼らを礼拝し始め、それから社会は寺院を造る。
 その時そこには何もない。リアリティは去った。炎は消えた。仏陀はもはや仏陀の彫像の中にいない。寺院の中にあなたは宗教ではなく社会を、文化を見つけるだろう。だが宗教とは何だろう?

 そもそも、宗教は個人的な事だ。それは社会的な現象ではない。
 あなたは一人でそれに入る。あなたはグループでそれに入ることはできない。どうしたら他の誰かと一緒にサマーディに入ることができるだろう?あなたの最も近い人でさえ、あなたの最も傍にいる人でさえあなたと共にはいない。
 あなたが内側に行く時、すべては除外される。社会、文化、文明、敵、友人、愛する人、最愛の人、子供、妻、夫---すべてはやがて置き去りにされるだろう。そしてあなたも除外される瞬間が来る。その時にだけ、開花がある。その時、変容がある。」


 ・・・これに尽きるな〜〜。「あなたがいないとき神がいる」〜結局はこの言葉に帰ってくる・・・


 何度も感じるが・・・、Oshoの翻訳を続けて行けば行くほど、これまで会ったサニヤシンたちの態度に対する自分の違和感の理由がわかってくる。彼らは彼らなりの理解をしているのだから、それに対する議論や批判は無意味だし余計な事だ。
 ただ単純に、私の感じ方は彼らとは違うということ、彼らとは相容れないということ。

 だから一番大切なことは、自分の感じ方に正直であり、自分の感じ方に従うということだ。たとえ全世界から孤立しようとも・・・、全世界から嘲笑されようとも・・・、 まあ、これまでいろんな人からさんざん嘲笑されてきたから、それには慣れている。


 私は生まれてからずっと家を引越してきた。ほぼ毎年だ。1年に1回か、それ以上だった。まったく不安定な生活を繰り返してきた。
 だから私が「落ち着きたい」ともらしたとき、あるサニヤシンからひどく罵倒された。ただ「落ち着きたい」と言っただけで・・・。そのサニヤシンが私を罵倒した理由はわからない。ただ、その人にとっては、落ち着くことは生きてないこと、つまらないこと、サニヤシンらしくないことだと考えていたのだろう。
 こういうふうに、その人独自のサニヤシン観、Osho観を押し付けてくるサニヤシンは多い。これがセラピストだともっと面倒だ。
 私がなぜそう言ったのか、その心情を、そう言いたくなる理由・背景をまったく理解しようとしていない。受け取り方が表面的である。ただ上っ面だけでしか生きていない。
 ただ、彼らは表面的には明るく楽しく振舞っている。

 私はそこに違和感を感じる。まあ、私は彼らには理解されないということだろう。別の世界で生きているのだろう。



 
12月15日

 13日に市民出版社より出来上がった「真理の泉」と「OshoTimes」の最新号が届く。書店にはまだ出ていないだろうし、Amazonにも予定としても出ていない。
 「真理の泉」は通算6冊目の出版で、424ページとこれまでの中では一番ページ数は少ない。それでもこの5年で6冊も出したのかと思うと、何か不思議な人生の流れを感じる。
 OshoTimesも翻訳を手伝っているが、これは翻訳したものが全て掲載されるわけではない。

 もともと英語を基礎から勉強したわけでもなく、翻訳そのものが好きなわけでもないのに、こんなに翻訳にのめり込んでいるのは、一つはOshoの講話がおもしろいからだが、それと翻訳の作業が自分の性質に合っているからだろう。英語ができるから翻訳をしているのではなく、翻訳をしていくうちに英語がわかるようになってきた。だから、もし英語がわからないから翻訳しないと言う人がいたら、それは私にとっては弁解にしか聞こえない。
 最初の「アティーシャの知恵の書」を翻訳した頃は、まったく中学生程度の英語力しかなかった。文法も何もかも知らなかった。だから誤訳が多いと指摘されていた。よくまあこんな翻訳で本になって世に出ているのだから恐れ多いとも思う。
 でも、他にあまりやる人がいないからな・・・。プーナで通訳サニヤシンから「なぜ英語を勉強しないのだ?」と批判された私がOshoの翻訳を率先してやっている。英語を話せる日本人サニヤシンはけっこういるのに、翻訳する人は少ない。確かに翻訳は地味で時間がかかり、根気がいるからな・・・。

 そんな翻訳のモチベーションを刺激するために、たまにスタジオ・ジブリの製作ドキュメント・ビデオを見るのが好きだ。アニメーションの製作も地味で時間がかかり根気がいる。
 アニメーションは、私も高校生時代に3分間の8ミリ・フィルムで2本作ったが・・・。


 Yoga: The Alpha and the Omegaで、ヨーガ・スートラの翻訳の参考のためにと以前に「インテグラル・ヨーガ」スワミ・サッチダーナンダ著の本を買ったが、正直これまであまり参考になっていない。もう一つ、世界の名著シリーズ「バラモン経典」編にもヨーガ・スートラが掲載されているが、これもあまり参考にならない。その理由はどちらも言葉が固いのだ。普通の宗教書としては普通に使われそうな言葉だが、Oshoの本にはあまり使いたくない。
 それでなくても、一部のサニヤシンから私の翻訳は宗教書のようで重苦しいと批判されているのだから・・・。まあ、いまだにどんな翻訳がその人にとっては優れたものなのかはさっぱりわからないが・・・。なんとなく、軽くて読みやすいのが好まれているようには思えるが、具体的にどの翻訳者の翻訳がいいのか教えてほしい。別に教えてもらったとしても、それを参考にする気はまったくないが・・・。



 12月18日

 Yoga: The Alpha and the Omega 第4巻の第5章の翻訳が終わり、その合間にクリシュナの翻訳をちびりちびりとやっている。
 クリシュナの講話は全22章ありながら、その内の3章が完了しているだけ。今、4章目をしているが、ともかく、インド特有の問題を扱いながら、その話は普遍的なものになっていく。そして全体としてはやはりクリシュナ賛歌という傾向を持つ。
 Oshoは、いろいろな講話の中でクリシュナについて言及しているが、彼をメインにして語っているのはこの講話になる。
 ただ、かなり長い。翻訳して本にするなら、おそらく全体として1200ページ以上になるだろう。出版するとなると、3巻に分けて出すことになるかもしれない。
 自分としては、当面はヨーガの翻訳をメインとし、合間にクリシュナをやるという感じで、クリシュナを完成させることはあまり急がない、ということになるだろう。このクリシュナの講話が今の日本にとって魅力的であるかということについては、ほとんど期待していないからだ。
 非常にコアな、インド思想に興味を持つ人にとってはおもしろい講話だと思う。
 これは、ぼちぼち続けていくことになるな・・・。



 
12月21日

 新刊の「真理の泉」がさっそくhontoというサイトに載せられている。しかもインド哲学hontoランキングでいきなり第2位になっている。
 このサイトでは、以前に「死ぬこと 生きること」がかなり長い間、同じインド哲学hontoランキングで第1位を保っていたことがあった。

 Amazonでも「真理の泉」が載せられているが、ここは相変わらず表示がずさんで、hontoサイトでは既に表紙の画像も表示されているが、Amazonでは画像がなく、しかも定価2,538円を4,719円と表示している。どこからこの数字が出てきたのかさっぱりわからない。


 自分にとって過去の人間関係は全て呪縛でしかない。 34歳の時に母が死に、48歳の時に父が死に、とりあえず肉体的な呪縛からは解放され、精神的呪縛の余韻がその後 少しずつ薄れていくことを期待しつつある。それ以上に親の介護をせずに済んだことは大きな幸運でもある。 工芸高校の呪縛は、その思い出が染み付いたもの〜卒業アルバムや作品など〜を全て処分することで離れる。 サニヤシンの呪縛は、Oshoの翻訳をすることでそこから離れていくことができている。 自分の過去を少しづつ消すことで、自分はより軽くより自由になっていく。

 他人に対する期待感がますます消えていく上で、それに伴う孤独感、頼りなさが強まっていく。ただ、それは本来そういうものであり、一般世間はそれをごまかしたり隠したりするためにいろいろなゲームをしているだけのことだ。
 私はそれに直視せざるをえない。世間的なゲームに飽き飽きしているからだ。何も頼れるものはない。逆に、外側の何かに頼ったため、これまでは失敗してきたのだった。それを体験で思い知っている。それによって痛い目に遭ってきたため、いまさらそうしろと強いられてもできない。

 世間的な幸福の価値観は、私の中では崩れている。何の意味も魅力もない。



 12月22日

 改めて、過去にも引用したOshoの言葉で、私自身の興味を引き立てて翻訳意欲を刺激させるものが・・・

 「私の深い望みのひとつは・・・私たちのミステリー・スクールが機能している時、ゆっくりゆっくりと、私たちが世界中から偉大な神秘的な経典をもたらすことだ。それらが誰に属するかというどんな考慮もなしに。そして最新の解説でそれらを発表することだ。そうすれば神秘主義はただの言葉に留まらず膨大な文献になる。そして誰でも神秘家たちが世界に与えてきたものを理解するためにその生涯を捧げることができる。」
                                        炎の伝承 2巻 25章 - The Transmission Of The Lamp

 やはり、自分の人生はこれに捧げるに値すると思う。これしかないな・・・。


 Yoga: The Alpha and the Omega 第4巻の5章から・・・

 「人々は私のところに来て 『あなたはその人がサニヤスに値しているかどうかを考慮せずにサニヤスを与え続けています。』 と言う。私は彼らに時は短いと言うが、それについては気にしていない。もし私がサニヤスを五万人の人々に与えて、ほんの五十人が本物であるなら、それで十分だ。」

 五万人のサニヤシンの中で、ほんの五十人が本物であるならそれで十分だ〜〜、と言っている。全てのサニヤシンにあまり期待していないようでもあるが、要は、本物のサニヤシンになれるのは、その人自身の準備に委ねられているということだ。それがいつ準備が整うかは個人のカルマ、状況、成長度合い、個性によって違う。それを他人と比べて優劣を判断することなどまさに愚の骨頂だろう。
 ともかく、このOshoのコメントにもあるように、サニヤスを受けることは完全に開かれている。何の条件もない。

 だが、前にも書いたように、日本の古参のサニヤシンは新たにサニヤスを受けたい人に対していろいろな条件を設けていた。
 完全にOshoと相反している。それが古いサニヤシンたちの愚行の一つだ。

 そして、そのような愚行を見たことが、私にとっての最初のサニヤス体験だったのだ。当然、サニヤシンに対する否定的なイメージが私に植え付けられた。
  「Oshoの言っていることと違う・・・」 そういう印象だった。



 
12月26日

 普通、パタンジャリのヨーガ・スートラについて解説した本は、せいぜい300ページ内で1冊にまとめられている。
 このOshoのYoga: The Alpha and the Omegaは全10巻、全訳出版された場合、全ページ数は約4,000ページ以上になるだろう。半分が質疑応答であるためその分を差し引くとしても約2,000ページになる。
 けっこうな読書量になる。どれだけの人がこれに関心を持ち、読み終えるのだろうか・・・。全訳出版されるとなると、これまで出版されたOshoの邦訳本としては最大になる。
 一つのテーマのシリーズとして、英語で入手可能な講話としては、最大が「ダンマパダ」の全12巻。ヒンディー語の講話では「ギータ・ダルシャン」がある。ヒンディー語の本では全8巻だが、今のところ第1巻だけが英訳されていて、英訳されたものの分量は他の講話の2冊分に相当する。ということは、ヒンディー語全8巻を全て英訳すると全16巻になる。個人的にもこの英訳を強く望んでいる。でなければ、自分でヒンディー語を勉強しなければならなくなる。



 12月29日

 グラハム・ハンコックの「天の鏡」という大型本の中で、

「ナーガについて書かれている一番古い文献は、現存するインド最古の聖典リグ・ヴェーダだ。・・・このテキストの古さははっきりせず、論争の種となっている。そこで、リグ・ヴェーダを紀元前1500年以降のものだとする、欧米の学者たちの常識を鵜呑みにする必要はない。博識なインド学者たち、例えば有名なロクマニーヤ・バール・ガンガーダー・ティラクや宗教史学者ジョージ・フォイヤースタイン、サンスクリット学者サブハシュ・カク、そしてヴェーダ語教師デイヴィッド・フローリーは、主流派の見解への強烈な反対者で、リグ・ヴェーダははるかに古い時代に作成されたと主張している。

 ヴェーダは・・・人類の古代における霊的教えの最も優れた記録のようだ。そこには時間を超越した知恵、マントラ法典が記され、時代から時代へと受け継がれてきた人類の知恵がこめられている。それが何千年にわたるのか、知るすべはない。ヴェーダ語を話す人々はおそらく紀元前6000年以前からインドにいたと思われる・・・・リグ・ヴェーダはそれよりさらに古い時代を振り返り、宇宙的な時間周期の知識があることを示している。

 同じように、欧米の主流派学者たちはラーマヤーナも、紀元前300年頃に作成されたとしている。だが、(ラーマヤーナを「原初の詩」と呼ぶ)インドの伝承では、87万年前の出来事について語るラーマヤーナは、「その時代のすぐあと」に作成されたもので、のちのバージョンはそのコピーだとしている。」 という記述がある。


 Oshoの講話「炎の伝承 2」の第25章でOshoはこう語っている。

 「ヒンドゥー教学者によると、リグ・ヴェーダは9万年前のものだ。そしてそれを証明した男、ロクマーニャ・ティラク---今世紀で最も知的なヒンドゥー教学者のひとり---は、誰も彼に反対することができなかったほどの根拠でそれを証明した。なぜなら彼は論理的ではなく天文学的な根拠でそれを証明したからだ。
 リグ・ヴェーダの中には、星の世界での特定の出来事の、その時以来起こっていない特定の出会いの説明がある。その記述は全く明白だ。そしてそれは、それを記述していた人々がそれを見ていた場合にだけ可能なものだった。そして実際に天文学は今、ロクマーニャ・ティラクに同意している---それは9万年前に起こったこと、そしてそれがリグ・ヴェーダに記述されている方法はまったく正しいということ---天文学的な物事はそのように記述されなければならないことに。
 だから天文学は非常に発達していて、人々は星の集まりを見ることができた。彼らはさらに私たちが発見したばかりの星と惑星を記述していた。50年前にはそれが発見されなかったので当時の人々は単に笑って言った。「どこにこれらの惑星があるのだ?」冥王星と海王星は50年前には発見されていなかったので人々は笑っていた。「これは単に架空のものだ!」
 だが今星々はより良い機器により発見されている。より多くの星が、より多くの惑星が発見されている。そしてそれらは全てリグ・ヴェーダの中で伝えられている星図に合致している。」


 どちらもロクマーニャ・ティラクに言及している。そしてインドの霊的歴史は信じがたいほど古いということだ。



 
12月31日

 2016年を振り返る・・・

 社会的には〜  4月16日:熊本地震M7.3。  8月 6日:リオ・オリンピック開幕。

  翻訳では〜
  2月26日 Beyond Psychology
  4月25日 Yoga:The Alpha and the Omega Vol.2
  5月31日 長らく不通だったOIFとの連絡が取れる。
  7月 5日 代理店との連絡がとれ、The Long, the Short and the Allの版権が取得できる。
  9月24日 Yoga:The Alpha and the Omega Vol.3
  11月 4日 The Eternal Quest
  12月23日に市民出版社より「真理の泉」The Long, the Short and the Allが出版。

 現在はYoga:The Alpha and the Omega Vol.4 の第7章を翻訳中。あと1ヶ月くらいで完了しそうだ。


 戯れに、Oshoに関する2チャンネルを見つけた。
 
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/psy/1409408545/l50
 まあ、大方ろくにOshoの本を読んでいない者たちが好き勝手なことを書いていて、内容的にもまったくくだらないが、
 その最後の辺りで私のサイトが紹介されていた。

 わりと、この日記を更新した日には、若干このOshoのページへのアクセスが増えている。ほんの微々たるものだが・・・
 この日記を読んでいる人はどんな感想を持っているのだろう・・・?








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