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年表

1985年11月14日
オレゴン

ジャマイカ
1986年6月20日 

ウルグアイ
1986年3月19日
   〜6月18日

ギリシャ・
1986年2月16日:クレタ島
     3月6日:アテネ

ヒマラヤ
1986年1月3日〜15日
カトマンズ

スウェーデン

ムンバイ
1986年7月30日

イギリス・アイルランド
1986年3月18日

ダカール
1986年3月18日

スイス

OSHO ワールド・ツアー

マドリッド

ニューデリー
1985年11月15日
 

1985年 10月28日 OSHO、ノースカロライナ州のシャーロットで逮捕状なしに逮捕される。他の人々が解放される一方で、Oshoは十二日間保釈なしで捕らえられる。オレゴンまで飛行機では五時間の帰りの旅に四日間を要する。その後の出来事は彼が獄中でタリウムに毒されたということを示す。
11月14日 アメリカより国外退去を命じられる。私用ジェット機で12人のサニヤシンと共にインドへ飛ぶ。
ニューデリー到着。そこからヒマラヤ山中へ行く。 2週間後、オレゴンのコミューンは解散を決定する。
1986年 1月3日 ネパール・カトマンズに移る。
 ★講話: 「Light on The Path」「The Sword and The Lotus」
2月16日 30日間の観光ヴィザでギリシャ・クレタ島に移る。
 ★講話: 「Socrates Poisoned Again After 25 Centuries」
3月5日 警察、別荘に乱入。逮捕状なしにOSHOを逮捕し、アテネに移送する。 
次の二週間の間に彼はスイス、スウェーデン、イギリス、アイルランドなどヨーロッパとアメリカ大陸で十七ヵ国を訪問し、または訪問のための許可を求める。これらの全ての国々は入国ビザを彼に交付することを拒否するか、彼が到着した際に彼のビザを取り消して彼に去るように強制するか、のどちらかだった。いくつかの国は彼の飛行機に対する着陸許可さえ拒否する。
3月19日 ダカール経由でウルグアイのモンテビデオへ飛ぶ。
 ★講話: 「Beyond Psychology」、「The Path of The Mystic」(神秘家の道)、「The Transmission of The Lamp(炎の伝承)
6月19日 ウルグァイを去る
6月20日 ジャマイカ。 スペイン、マドリッド。
その翌月の間に彼はジャマイカとポルトガルの両国から追放される。
全部で、二十一の国々が彼の入国を拒否したか到着後に彼を追放した。
7月30日 インド・ムンバイに到着。
1987年 1月4日 プネーに戻る。
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