インド・デリーのラクシュミ・ナラヤン寺院にあるクリシュナ像



 クリシュナは、正確な年代は不明であるが、紀元前1500年から2000年の間に生まれた。 その生涯の全貌は、「スリマド・バガヴァッド・プラーナ」、大叙事詩「マハーバーラタ」に詳述されている。 700編におよぶ古代サンスクリット語の叙事詩、「バガヴァッド・ギータ」の最大の教えが、その一部に含まれている。
 クリシュナは、ニューデリーから13キロほど離れた、ジャムナ河畔の町、マスラに生まれた。
 クリシュナの母デバキは、王国を奪って実の父を投獄した、マスラの君主、カンサ王の妹であった。 カンサ王は、妹デバキの八人の子供の一人が彼を殺し民を圧制から救い出す、と占星術師から予言されていた。 王は綿密な計画を立てて、妹の子供の七人までを殺害した。 妹が妊娠する度に、妹夫婦を投獄し、子を殺してから釈放したのである。
 だが、八番目の子クリシュナが深夜に生まれた頃に、見張り番は居眠りをしていた。 牢の鍵が自然に外れ、重い鉄のドアが開いた。 ちょうどその頃、バスデバの親友ナンダがジャムナ河の向こう岸の村ゴークルで娘に恵まれた。 バスデバは生まれたばかりの子を篭に入れて牢を出た。 ジャムナ河を渡り友の貧家に安全に辿り着くと、子をナンダの娘と交換し、娘を夜明け前に牢に移した。
 その朝カンサ王は、妹に娘が生まれたのを知って驚く。 妹夫婦はいのち請いをしたが、狂った王は、七人の甥を殺したように娘も殺した。 そのとき声がした。
 「王よ、おまえの勝利者はすでに生まれた。おまえは彼に勝利できまい。」
 翌朝、王は数日間に生まれた子供を皆殺しにするよう命じたが、クリシュナは発見できなかった。 カンサは、ゴーカルで生まれたナンダの子、クリシュナが、八人目の甥であることを後で知り、クリシュナ殺害のためにあらゆる手を尽くすが、果たせなかった。
 イエスが羊飼いの中で過ごしたように、クリシュナは牛飼いの間で幼年時代を過ごした。 ヴェーダ、ウパニシャッドをよく学び、「ヨギの王」とたたえられた。 彼の説いたヨーガは、「バガヴァッド・ギータ」 (神の声) に美しく描かれいてる。 その教えは永遠であり、普遍であり、哲学的、実用的である。 科学、哲学、宗教の各領域を和解させ、人間生活の霊的面と世俗的面を見事に一致させている。
 
 クリシュナの教えは霊的生活と世俗生活を対立させないという点に尽きる。 自制は欲望にバランスをとり、体を心に、心を知に、知を神に従事させる。 人は、俗事にまい進しながらも、神意識を得、無執着の姿勢を培うことができる。 この理想を理解し、実行できる人のためのものだったために、クリシュナの教えは、哲学的であり霊的でもあった。 愛の道は哲学的な背景を要しないので、その教えは普遍的でもあった。

                   「転生とカルマの法則」 イシュバル・C・シャルマ 
 

クリシュナ  Krishna

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ヒンドゥー教におけるヴィシュヌ神の第8の化身(アヴァターラ)。

古来よりインド絵画、神像の題材となっており、その名はサンスクリットで意味は「すべてを魅了する方」「黒」を示し、青黒い肌の男性として描かれる。 クリシュナには別名があまたあり、広く知られている呼称はゴパーラ(Gopala、牛飼い)、ゴーヴィンダ(Govinda、牛と喜びの保護者)、ハリ(Hari、奪う者)、ジャガンナータ(Jagannatha、宇宙の支配者)、マーダヴァ(Madhava、春を運ぶ者)、ダーモーダラ(Damodra、腹に紐をかけた者)、ウーペンドラ(Upendra、インドラ神の弟)などがある。


クリシュナの行動を記録する最も初期の媒体は叙事詩『マハーバーラタ』である。この中でクリシュナは、ヤドゥ族の長ヴァスディーヴァの息子。バララーマの弟。ヴィシュヌの化身として主要人物の一人として登場する。その中の『バガヴァッド・ギーター』では主人公アルジュナの導き手として登場する。
また『バーガヴァタ・プラーナ』ではクリシュナ伝説が集成されている。
有名な愛人ラーダーとの恋については詩集『サッタサイー』が初出であり、ジャヤデーヴァの『ギータ・ゴーヴィンダ』はインド文学史上特に有名である。


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