天皇系図

古墳・天皇陵

天皇系図

古墳・天皇陵

 畝傍山西南御陰井上陵(うねびやまのひつじさるのみほとのいのえのみささぎ)に葬られた。『古事記』に「畝火山の美富登(みほと)」。
 現在、同陵は奈良県橿原市吉田町に所在する俗称「アネイ山」(山形墳)に比定される。
 元禄修陵では所在を誤ったが、幕末修陵に際して現陵に治定。
 陵号の由来になったとされる古井戸の「御陰井」が陵南の集落中にあり、陵と共に宮内庁によって管理されている。

安寧天皇(あんねいてんのう、綏靖天皇5年(紀元前577年)- 安寧天皇38年12月6日(紀元前510年1月17日))は、『古事記』『日本書紀』に伝えられる第3代の天皇(在位:綏靖天皇33年7月3日(紀元前549年8月31日) - 安寧天皇38年12月6日(紀元前510年1月17日))。
磯城津彦玉手看尊
(しきつひこたまてみのみこと)・師木津日子玉手見命(『古事記』)。
いわゆる欠史八代の1人で、実在しない天皇と捉える見方が一般的である。(実在説もある)

(あんねい)

奈良県橿原市

第3代 安寧天皇陵

2009年6月15日

★地図

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