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スピリチュアル雑記
   6月21日
その昔、とある霊能力者と集団生活をしていた頃、同じ友人たちに霊能力に目覚める者が出てきたりして、自分にまだそんな力がないことにコンプレックスを持ったりもしたが、今ではべつに霊能力を持ちたいとは思わなくなった。

霊能力と人格とは関係ない。霊能力があるだけでその人が優れているわけではない。
霊能力は遺伝する。その霊能力者は親子三代ともそうだった。三人とも女性。二代目は私と同年齢、その彼女の娘は6歳だったが、すでにサードアイ(第三の眼)が開いていたそうな。この人の影響から心霊の世界や神智学に興味を持ち始めた。

生まれつき霊能力を持っている人もいれば、人生の或る時期に目覚めるケースもある。
江原さんは、生まれる前の母親の胎内で両親の夫婦喧嘩をおぼえていたらしい。
有名なスウェーデンボルグは科学の分野で広く業績を残した人だが、彼が霊能力に目覚めたのは50歳を過ぎてからという。

いたずらに霊能力を開発することは危険だ。低級霊に憑依されると人生がメチャメチャになる。
霊能力に目覚める頃は悲惨らしい。それは江原さんも本の中に書いてある。見たくないものも見えてくるからだ。
いや、ほとんどは見たくないグロテスクな魑魅魍魎、妖怪、地獄絵図の世界ばかりらしい。
自己コントロールが必要となる。その霊能力者も、初めの頃は百鬼夜行の霊たちが見えたという。

子供はみんな霊能力がまだ残っている。5歳くらいまでは前世を覚えていたり、生まれた瞬間を記憶している子も多い。
古代人はみんな霊能力を持っていたらしい。各地に伝わる神話伝説などは霊視した世界を記録したものといわれている。
現代は最も霊的な世界から遠ざかった、物質中心の時代という。

シュタイナーによれば、これから未来へかけて人類の霊能力が目覚めていく時代に入っていく、というが、まあ3000年くらいかかるらしい。

古代の宗教指導者は全て霊能力者といっていい。クリシュナ、マヌ、ブッダ、モーセ、イエス・キリスト
キリスト教は後の宗教会議によって、その霊的な意味を持つ部分が全部改ざんされ、削られてきた。
今、世界に伝わっているあらゆる宗教経典はすべて霊的な資質を失った抜け殻となったものである。つまり、死んだ宗教と言っていい。
その霊的抜け殻の経典の言葉の解釈をめぐって、多くの宗派が対立し醜い争いの元になっている。

霊能力者はだいたいが、バッシングに逢い、晩年は悲劇的だ。
イエスは磔、ソクラテスは毒薬死刑、ピタゴラスは餓死、彼の信者は全て火あぶりの処刑、ジャンヌ・ダルクも火あぶり、魔女狩りもキリスト教徒によるある意味の霊能力者撲滅行為、シュタイナーも食事の中に毒を混入され、それが原因で死んでいる。
江原さんもバッシングを受けている。時代が進んでも人間の愚かさは変わらない。
まあ、そのバッシングの内容は、たんなる霊的知識の無知からくる、いいかげんなこじつけばかりだが。

今の日本は自然霊に憑依されている人が多いらしい。だから善悪の基準、倫理観、道徳などが崩壊している。

霊能力があるかどうかは、今の自分にとってはどうでもいいと思っている。特に欲しいとも思わない。
それより、正確な霊の知識を知りたいと思う。そのためには、ひとつに偏らずいろんな霊的知識を比較検討することが必要だろう。
ほぼ、それらに共通しているものは、見えはじめている。






 6月22日
E・キューブラー・ロス「ライフ・レッスン」より喪失のレッスンから・・・

「わたしたちはいずれすべてのものを失うが、最終的に問題なのは喪失そのものではない。
家、車、仕事、お金、若さ、そして愛する人でさえ、じつは借り物にすぎない。手にふれることのできない無形のもの・・・夢、若さ、独立・・・も、いずれは色あせ、失われていく。

しかし、その真実に気づいたからといって悲しむことはない。
その気づきによって、地上に生きているあいだに味わいうる多くのすばらしい経験に対する正しい認識があたえられる。この現実そのものが永久不変のものではない以上、所有など永続するはずがない。この世のすべては移ろいゆく仮の姿である。

わたしたちは人生をはかないものだと考えることを好まない。人生はいつまでも続き、すべてが永続すると思いこみたがる。
だから、きたるべき究極の喪失である死を直視することも嫌う。

死の床にあった人たちから、喪失にかんして興味深い報告がとどいている。医学的に死亡が確認され、なんらかの理由で生き返った人たちが、共通した、ある特徴的なレッスンをもち帰っているのだ。それは、彼らがもはや死を恐れなくなっているということである。

次に、死とは単に肉体を脱ぎ捨てることでしかなかったのだという気づきである。
三番目の共通点は、死の体験のなかで、すべてのもの、すべての人とつながっていると実感し、喪失感はまったくなかったというのである。
彼らは孤独ではなく、そばにだれかがいたとも報告している。」

E・キューブラー・ロスは医学博士、精神科医で、多くの末期患者と接し、その死の瞬間を観察し続けてきている。
そして彼女が説く死の実体、死後の世界の内容は、私が知っている神智学、スピリチュアリズムが説く死後の世界と全く同じである。
それは江原さんが言っている内容とも一致する。







            2010年 6月 

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