タントラ Tantra

チョギャム・トゥルンパ

タントラ・・・・広い意味では密教経典そのものを指し、狭い意味では「金剛頂経」以降に現れた後期密教経典をタントラと呼ぶ。
        元来は縦糸の意味で、横糸にあたるスートラ(sutra)に対するが、思想教義を中心に説くスートラにかわって、
        7-8世紀頃から秘密仏教的な実践を主題とするタントラ聖典が数多く著されるようになった。
        諸根 tan (拡げる、弘める) と trana (救う) の合成語、あるいは真実 (tattva) と真言 (mantra) に関する教えなど、
        種々の解釈がある。

タントラとは「知識をひろげる」ということであり、おのれに目覚めるための知識をすべて身につけること。
それは人生体験であるとともに、人間がもって生まれた精神的な力をひきだす方法であり、体系である。
タントラは、さまざまな形で現れる大自然や人生に、現実重視の要素を持ち込んだという意味で、他に類を見ない。
どのような形で顕われている大自然であれ、人生であれ、人間がおのれに目覚める上で役に立たぬものはない。

◎プトンの4種タントラ説
 (1) 所作 (kriya) タントラ ・・・インドの初期密教で日本の雑密に相当する。
           陀羅尼の読誦や、前行的な所作としての像や壇の作り方などを主題とする。
           如来・蓮華・金剛・有財・増益・世間族・陀羅尼雑集の族に細分される。
           蘇婆呼童子経、蘇悉地経が代表的経典。教義的には外的所作が中心とされ、また四種交淫では視淫をあてる。

 (2) 行 (carya) タントラ ・・・・ 「大日経」を代表とし、外的な作法に内観を取り入れている。中期密教経典にあたる。
           如来・蓮華・金剛の3族に分かれ、如来族の代表経典は大日経、金剛族は金剛手灌頂経である。
           実践の作法に思想性が付加され、より体系的となる。
           外的所作と内の三摩地(ヨーガ)が同程度とされる。四淫のうちの笑淫にあたる。

 (3) 瑜伽 (yoga) タントラ ・・・「金剛頂経」を代表とし、観法 (瞑想) による仏と行者との合一に力点が置かれている。
           直接的聖俗一致を説く。中期密教経典が中心であるが、般若と方便の二部があり、
           前者には理趣経・「金剛道場荘厳軌」、後者には初会金剛頂経(真実摂経)がある。四淫では執手淫。

 (4) 無上瑜伽タントラ ・・・・・外的所作はまったくなく、内観(ヨーガ)のみでしかも生理的もしくは性的行法を用いることがある。
           インド後期密教で日本には伝承はない。チベットでは密教の主流を占めた。
           ヒンドゥー経のタントリズム、シャクティリズムと無関係ではない。四淫では交抱(性交)にあたる。
           瑜伽タントラの行法をより高度に体系化している。
           「方便・父タントラ」と「般若・母タントラ」に二分される。

     ・・・方便・父タントラ (グヒヤサマージャ・タントラ) 
         最終的には性の力=シャクティを否定的な媒介にして大乗仏教の煩悩即菩提の理念を実現しようとする立場にたつ。
         生起(utpatti)次第を基盤とする。
         女=性の契機を沈殿させようとしているところから「父タントラ」系と呼ばれる。
         「秘密集会タントラ」
           秘密・・人間の身体活動、言語活動、精神活動の三種の働き「三業」がもともと仏の三種の働きと同じところから
                「三秘密」といわれる。
           集会・・タントラ行者の「身語心」という三秘密を一体化すること。

     ・・・般若・母タントラ (ヘーヴァジュラ・チャクラサンヴァラ・タントラ)
         むしろシャクティを強力な触媒にして「解脱」すなわち「大楽」を実現しようとする立場にたっている。
         究竟(utpanna)次第を基盤とする。行者の呼吸・生理を利用して、真理の世界に融合していくプロセスが説かれる。
         女=性の契機を全面的に浮上させようとしているところから「母タントラ」系と呼ばれている。

     ・・・双入不二タントラ (時輪 [ カーラチャクラ ] タントラ) ・・・・タントラの最高位

 タントラによれば、この世に顕われるものは、すべて「プルシャ」purusa という男性原理と、「プラクリティ」prakrti もしくは「シャクティ」sakti という女性原理からなる二元論にもとづいている。

 日本の密教は、インドのタントリズム(所作・行・瑜伽)を源流とし、中国密教の影響を加えたもの。無上瑜伽タントラの伝統はまったく受けついでいない。無上瑜伽タントラがインドで栄えたのは9世紀以後で、空海が中国に渡ったのは9世紀初(804年)。
11世紀以後に、密教を主体として発達したチベット仏教は、無上瑜伽タントラを主流としている。






 ★「タントラ・インドのエクスタシー礼賛」
タントラは、精神的であれ、物質的であれ、あるいは性的にであれ、自分を取り囲む生の営みに全面的に没頭するよう、我々の目を向けさせる。 「人は自分を倒す相手を利用して起き上がらなければならない。」
我々をがんじがらめにしている人間の本性的な側面そのものが、実は解脱への踏み石になりうる。
タントラの道というのは、ライフ・リビングから後退するのではなく、おのれの欲望、フィーリング、人間としての状況、それら一切合財のものをできるかぎり全面的に受け入れてしまうことである。
タントラは、この世界を「精神=物質」として受け入れ、この二元的世界を積極的に瞑想することで得られる全一なるものに働きかけ、自己覚醒を可能にする。


タントラとは通常の意味での宗教ではない。また、「思考の方法」でもない。
タントラは、この思考というものを、人々にとって、彼らが自分たちの世界だと信ずるものの中で、徐々に幻滅を味わい悲惨になってゆく、主な原因の一つであるとみなしている。
タントラは行動につれて効力を発揮する。
タントラの文献を構成しているのは、精神的行為を含む、行為への処方箋のみであり、それが全目的である。
タントラは、本質的に、幻想とはまったく関りをもたない。
タントラは、人をその人自身の正体のもろもろの根源へと没入させるものである。
一番重要なことは、ほとんどの人々が世俗の快楽として片付けてしまうものを、タントラが積極的に開発し、その上にみずからの基礎を置くということである。

 「おまえの享楽を最高度にたかめろ。しかるのち、それを魂のロケット燃料として用いろ。」

タントラ行者が行っていることは、基本的に、自分の肉体・情緒・精神の中に発見することのできるあらゆるエネルギーをふるい立たせて、彼を開悟へと運んでくれる乗り物と、それらのエネルギーを結びつけることである。
タントラ信棒者は、人が現に繰り返しておこなっており、かつ、人をある一つの強力な感覚的・情緒的充足と結びつけているものごとが、他のなによりもはるかに効果的に、人を変革するものだと考えている。
そしてその仮定のもとに、思いつくかぎりの情緒的刺激と行為を自分の目的にあてはめて、ありとあらゆる実行可能な手段を用いる。

タントラは、各人の記憶の蓄積と心的反応が目覚めさせられて、それらのすべての源である純粋なエネルギーの状態に復元することができるように、あらゆる機能---感覚・情緒・知能---を、最高潮にまで助長し鼓舞するべきであると云う。もろもろの興奮と快楽は、かくして、悟りの状態へとたち戻る変容のための原料となるわけである。

タントラで用いられるヨーガは、ハタ・ヨーガにもとづいている。ハタ・ヨーガを成り立たせている身体のもろもろの姿勢・収縮・抑圧は、人間の微細身(幽体-エーテル体)というものの、内なる機構に作用させるために特に案出されたもの。
タントラ的なヨーガの特殊性は、その身体的行為が性的交合の最中になされるという点にある。その行為は、肉体的な感覚を高めることと、その感覚を至福に満ちた洞察に到達するための乗り物へと変換させることの、両方のためのものである。その行為は、師の指導のもとに、性的パートナーと一緒に行なうことによってのみ習得される。実際にはパートナーの一人が師(マスター)であるかもしれないし、しばしば師となるのは女性の方である。この、女性が師となることが多いという事実は、タントラの最も興味深い点である。

タントラは、インドの伝統の中で、純粋に美的な経験というものをみずからの宗教的な組織の中に含んでいるただ一つのものなのである。タントラは、美術によって目覚めさせることのできるすべての官能的・感情的・理知的な、身体に蓄積された反応が、タントラ的な焔に対する燃料であると考えて、美術的な経験をそれ自身のためにつちかっている。




和尚  「Vigyan Bhairav Tantra」より
 タントラとはテクニックを意味する・・・・・ タントラは科学だ。哲学ではない。哲学を理解することは簡単だ。なぜならあなたの知性だけが要求されるからだ。あなたは変わる必要はない。あなたは変容しないことを要求する。
哲学はマインドに関係している。あなたの頭はもう十分だ。タントラは全体性としてのあなたを必要としている。それは深い挑戦だ。アプローチの違いが、姿勢の違いが要求される。
 タントラとは基本的な科学だ。それはあなたを、あなたが何であるかを見る。それはタントラがあなたを変容させようとは試みていないことを意味する。しかしそれは実際にはあなたを変容させる。
 タントラは生の深い、全面的な受容だ。・・・・それはどんなものも投げ捨ててはいけない。どんなものにも反対してはいけない、どんな争いも創ってはいけない、と言う。なぜならなんらかの争いとともにでは、あなたはあなた自身に対して破壊的であるからだ。
 タントラは生きなさい、もっと生きなさいと言う。なぜなら生が神だからだ。生より他に神はない。
もっと生きなさい、そうすればあなたはより神聖でありうるだろう。全面的に生きなさい、するとあなたには死は存在しない。





 ●参考書籍
   「タントラへの道」 チョギャム・トゥルンパ  めるくまーる社
   「タントラ・狂気の智慧」 チョギャム・トゥルンパ   めるくまーる社
   「タントラ・叡智の曙光」 トゥルンパ / H.V.ギュンター  人文書院
   「自由への瞑想」 マーカス・アレン   阿含宗総本山出版局
   「タントラ、東洋の智恵」 アジット・ムケルジー  新潮選書
   「タントラ・ヴィジョン」 和尚
   「存在の詩」 和尚  めるくまーる社




            

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