神社

奈良

2009年2月28日

1998年6月6日

御由緒

古代政治、経済の中心であった大和平野の東部、天神山古墳を境内として鎮まる「伊弉諾命」「伊弉冉命」の由緒は、社記が天文年間に焼失したために創建年代、規模等は詳しくはないが崇神天皇の御代に御崇祭されたものであります。

第56代清和天皇の貞勧元年(859年平安時代)に神位にご増進され、第60代醍醐天皇の御世(901〜一4年藤原時代)の「延喜式神名帳」に列せられ「官幣に預かり賜う」とあります。

その後鎌倉、南北朝、室町時代にかけての国内の兵乱によって神社は衰退したが、寛永18年(1641年)に二代目柳本藩主織田修理正長種公が三町程東(柳本町山田北側の台地)からこの地に移され本殿を造営、産土神として人々から崇敬されてきました。

明治4年5月」太政官布告に基づき柳本藩社となりその後県社から区画改正によって柳本村社となりました。

崇神天皇の御代の崇祭は、伊勢神宮と殆ど同時期に創建された最も古い神社であり、日本武尊が東国征伐の出陣に祭し、弟橘比売命を妃に迎えて間もない命は我が身を按じ当神社で戦勝祈願をして伊勢へ出立したことも、当初から大和朝廷の崇敬が厚かったことを物語っています。

全て會ての柳本町大字、小字に祭られていました神々は現在境内の各所に祭られています。

        境内の案内板より
菅原道真公 (すがわらみちざねこう)

神社

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
御祭神

いざなぎじんじゃ

奈良県天理市柳本町字天神山1898

伊射奈岐神社

★地図

2011年2月16日

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