2005年1月22日
山口県萩市
松下村塾
幽囚室のある杉家の旧宅
吉田松陰がここ松下村塾で本格的に講義を始めたのは安政4年11月から。それより一年前の安政3年7月から(左写真の)幽囚室で講義は始めており、実質の講義期間は松下村塾だけで僅か1年余、幽囚室時代を含めても2年半という短い期間だった。
その間に、この塾で直接松陰の指導を受けた者は、百数十名を超えたと言われる。その中で特に有名な人物として、伊藤博文、久坂義助(玄瑞)、品川弥二郎、高杉晋作らがいる。
増築した建物は広さ十畳半。松陰と塾生たちが古家を買い取り改造したもの。手前の二畳ほどの土間は玄関ではなく、寄宿生が寝泊りしたところ。その左奥の三畳の間は控え所となっていて、天井裏を中二階として休憩室に利用していた。
松下村塾の起こりは、もともと松陰の叔父玉木文之進が天保13年(1842年)に始めた塾につけたもので、松本村にあることから、中国風に松下(しょうか)と名づけたもの。その後、親戚の久保五郎左衛門が引き継ぐ。
正面より向かって右奥にある建物が最初の建物で、八畳の広さ。初めの頃はこの八畳の間
(下の写真の講義室) で講義を行っていたが、塾生が増えてくるに狭くなり、左側の建物を建て増しした。
吉田松陰海外渡航失敗の後、自宅軟禁となった幽囚室
講義室