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 インド・チベット編

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リシャバ Rishabha
 ヒンドゥー教において、リシャバはバガヴアッタ・プラーナにリストされた22人の具現化したヴィシュヌの8番目のアヴァターラ(化身)である。リシャバ聖仙はマルカンデヤ、ブラフマンダ、スカンダ、およびヴィシュヌ・プラーナでも言及されている。

 彼はナビ王の妻、マルデヴィの子宮に現われた。ヴィシュヌのような息子を得るためにヴィシュヌを喜ばせようと王は多くの厳しい厳粛と苦行を受けた。ヴィシュヌは彼の嘆願を受け入れ、それからナビ王とマルデヴィの息子リシャバとして現われた。

 彼の百人の息子のうち、最年長はバーラタ・チャクラヴァルティンと知られていた。彼が支配してからインド亜大陸はバーラタヴァルサと呼ばれていた。リシャバの他の息子たちは、クサヴァルタ、イラヴァルタ、ブラフマヴァルタ、マラヤ、ケトゥ、バドゥラセナ、インドラスプリク、ヴィダルバ、そしてキカタだった。そこにはカヴィ、ハリ、アンタリクシャ、プラブッダ、ピッパラヤン、アヴィルホトラ、ドルミル、チャマス、そしてカラバージャンという名の他の息子たちもいた。

 王国を統治する代わりに、これらの9人はバガヴァッタ・プラーナの戒律に従って托鉢伝道者になった。彼らは「シュラマナ・ヴァタラシャーナ」または、風で装っているシュラマナだったと書かれている。彼らの特徴と活動はバガヴァッタ・プラーナの11番目の詩篇で、クルクセトラでのヴァスデヴァとナーラダの会談の中にずっと記されている。
 一般大衆を教えるために、リシャバは多くの犠牲を実行して、市民を統治する方法を彼の息子たちに教えた。このように自分の息子たちに適切な指示をしたリシャバは理想的な父親だった。リシャバが彼の息子たちへ指示する内容は、バガヴァッタ・プラーナの第5章、5編に存在する。
 数人の学者たちは、シヴァ神のパスパティの形として多くの人たちにも呼ばれているヨーギの瞑想的な姿勢のようなインダス文明の図像を通して、リシャバをシヴァ神と関連付けた。シヴァ神はゴパティ・リシャバとしても知られている。シヴァ神に適用されたアゴラ、イシャナ、サドゥヨジャタ、ヴァマデヴァを含む多くの形容句はリシャバにも適用された。
 シヴァ神の影響は、プラーナカーラがリシャバ神をトリプラリ、トリロチャーナ、トリネトゥラ、トリャムバカ、そしてトリャクシュナとして呼んでいる限り、マハープラーナにおいて明らかに際立っている。 

 1つの伝説の中に、不意にバドゥラユヴァにやって来てシヴァカヴァチァと呼ばれた偉大なマントラを教えた聖リシャブがある。ブラフマ・プラーナの「ブラフモッターラ・カンダン」の一節で、語り手スータはシヴァ派に関する多くの問題を記述し、6番目の部分でヨーギ・リシャバからマントラについての指導を受けているバドラバブについての話がある。 
 シヴァ神はすべてのカリ・ユガで具現化したとリンガ・プラーナは言及している。そして1つのカリ・ユガにおいて、彼はリシャバと名乗ったヨゲシュワラ(神の28の化身の1人)であった。

 何冊かのビシュヌ派聖典によると、リシャバはヴィシヌのアヴァターラ(化身)である。バガヴァッタ・プラーナはこれを主張をする最初のものだ。


 リグ・ヴェーダの中に最初のティルタンカーラ、リシャバに関する言及がある。

おお、神々しいルドラよ!リシャバ・デバのような、最初の世界教師の通称であるアルハンになることによって、偉大な神であり、高貴な血筋を持つ汝は我々のうちに生じる。彼を敵の破壊者にならせよ!

   Rig Veda, X.12.166

                               ※ウィキペディアより翻訳     Rig Veda





  Oshoの講話より・・・・

 存在の究極の頂点を征服する運動は、最初のティルタンカーラであるリシャブデヴァによって始まった。
 おそらく彼は人間の全歴史上で最古の神秘家だ。そしてジャイナ教は最も古い宗教だ。信者の数がとても少ないため世界ではあまりよく知られていないが、それでもジャイナ教の貢献は計り知れない。
 最初のティルタンカーラであり最初のジャイナ教のマスターであるリシャブデヴァは、現存する最古の本、ヒンドゥー教の経典、リグ・ヴェーダの中で大いなる敬意をもって言及されている。
・・・・・・・・・

 リグ・ヴェーダは大いなる敬意をもってリシャブデヴァの名前に言及している。私が「大いなる敬意」という言葉を強調しているのは、リシャブデヴァがヒンドゥー教徒ではなかったからだ。彼はヒンドゥー教徒として生まれたが、ヒンドゥー教の哲学、ヒンドゥー教の教義に反対し始めていた。そして彼は新しい宗教を創始していた。彼はジャイナ教の源泉だった。
 9万年間でヒンドゥー教とジャイナ教は非常に遠く離れて行った。24番目のティルタンカーラ、マハーヴィーラ---最後のティルタンカーラ---は、どんなヒンドゥー教の経典にも言及されないほど遠く離れて行った。・・・ただ彼を無視するために。彼に言及する価値はないと考えられていた。

 しかしリシャブデヴァについては、彼らは大変な敬意をもって言及してきた。それは非常に心理的な何かを示している。人はどんな同時代の者に対しても敬意を示さないものだ。特にあなたの既得権、あなたの力の根を切断している者、リグ・ヴェーダを書いているバラモン教徒たちに反対する者に対しては。もし彼らがリシャブデヴァを非難していたなら、それは全く当然なことだっただろう。だが彼らは畏敬の念に満ちていた。

 私にとってそれはただひとつのことを証明している。それは、リシャブデヴァはリグ・ヴェーダの書かれる少し前---5世紀か6世紀前に生きていたに違いない、ということだ。その頃までには彼は既によく知られていて、崇拝されていた。だからリグ・ヴェーダでさえ敬意をもって彼を記述するのだ。人々は死者に非難することはないが、同時代の者を尊敬するには非常に知的で無垢なマインドが必要だ。
 彼は最初のジンナだ。ジンナとは征服者という意味であり、そしてマハーヴィーラは24番目のジンナだ。ジンナたちに従う人はジャイナ教徒と呼ばれる。彼らは単なる追従者たちだ。

                                   ・・・「炎の伝承」下巻、第25章: ブラボー、アメリカ -1986年・・・



 最初のジャイナ教徒ティルタンカーラ、リシャバデヴァはリグ・ヴェーダと同時代の人だ。たぶん彼はこの最も古いヴェーダに先行してさえいただろう。なぜならリグ・ヴェーダは、通常は同時代の人に与えられなかった敬意をもってリシャバデヴァに言及しているからだ。
 リシャバデヴァを記述するためにリグ・ヴェーダの中で使われた用語はとても敬意を表しているので、それはリグ・ヴェーダが作られつつある時に最初のジャイナ教徒ティルタンカーラが既に一定の評価を得ていることを示唆している。人間は、彼が同時代の人を敬うほどにはまだ洗練されていない。
 とはいえ、リシャバデヴァがリグ・ヴェーダと同時代であることは確かだ。それはこの経典が大いなる敬意をもって彼に言及しているからだ。

                     ・・「クリシュナ: その人とその哲学」第16章: 無神論、有神論、そして真実(リアリティ)  - 1970年・・・


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