8月26日

 「ビヨンド・サイコロジー」の翻訳を始めて、ちょうど2ヶ月が過ぎた。全44章の内、22章までを終え、今はその訳文の見直しを9章まで進めている。
14章までがOsho Timesに掲載されていた部分で、これらの章は書き写したものを、他人の訳文であるため、自分の納得できるように見直す作業をしている。これはまた、違う頭の使い方をする必要がある。

 22章までの講話で、特に興味を引いたのは、Oshoがなぜ93台ものロールスロイスを所有したか、その理由について〜、また、セラピストが最もOshoを取り逃がす人たちだ、という話〜、そしてテロリズムが起こる原因について・・・これはまさに現代の問題に関わっている。


 気分転換に、「世界の名著:バラモン教典・原始仏典」の、インド思想の流れの解説を読む。
 ヴェーダやウパニシャッド、マハーバーラタ、バガヴァッド・ギータなどの話の中で、特にウパニシャッドに興味があるが、その中でもカタ・ウパニシャッドというものが興味深い。
 内容は、アートマンについてや、死神ヤマとナチケータスとの死についての議論。つまり、ナチケータスは世俗的な生き方に全く意味を見出せず、ひたすら死について問い続けている。
 また、サーンキヤの思想やヨーガの修法も、このウパニシャッドで初めて現れてくる。

 そして、このカタ・ウパニシャッドについてOshoが語っている講話が「
The Message beyond Words」で、1973年のヒンディー語の講話で、1999年に英訳が出版されていて、後に2008年、2010年と再販されている。私が持っているのは1999年の初版。
 分量的には「炎の伝承」と同じくらいで、全17章。翻訳するなら、これも500ページくらいの本で上下2巻になるだろう。

 Oshoの、ウパニシャッドについての講話は9冊あり、その中の2冊〜「究極の錬金術」「イーシャ・ウパニシャッド」〜が邦訳出版されている。


 Oshoは全てのスピリチュアルの主題を講話のテーマに取り上げているが、その基礎となっているのが、Oshoの膨大な読書量だ。
大学時代は、ほとんど授業に出席せず、ひたすら図書館に通いつめたという。それは、初期は自分の探究のためであったが、後はまさに真理を現代に適合させて伝えるための準備の意味があった。
 Oshoは、その生涯で8万冊の本を読んだ。既に高校時代には数千冊を読み終えていた。

 そのあたりのエピソードは、先に訳した「Osho: The Luminous Rebel」に書かれてある。



 9月3日

 「ビヨンド・サイコロジー」の第13章でのOshoの言葉・・・

 「私はあなたに答えているだけではない。あなたを通して、私は人類全体に答えている・・・ それも現代の人間だけでなく、答えるべき私がここにいない時にやって来る人間に対してもだ。
 だからできるだけいろいろな角度から問いを見つけてきなさい。そうすれば私がここにいない未来においてさえ、問いのある者は誰でも私の言葉の中から答えを見つけることができるだろう。
 私たちにとってそれは遊びだ。だが誰かにとっては本当に、生か死かの問題であるかもしれないのだ。」

 これは、「サイレント・エクスプロージョン」の中の、チベット僧院への訪問の章で・・・、「マイトレーヤ」では高僧謁見記の章で、ラマ・カルマパが言っていることと同じ意味を持っている。

 「あなたは、彼があなた方のために語っていると感じているかもしれないが、彼が語るのはただあなた方のためだけにではない。
和尚はアカシック・レコード---アストラル界に記録された出来事と言葉の記録庫---のためにも語っている。語られたことは何であれ忘れられない。だから、あなたは彼が話す事柄を繰り返し続けるのに気づくだろう。彼は話す事柄を繰り返し続ける。」


 だから、
 Oshoの講話で、質疑応答の章は、経文についての章と同等に重要な部分なのだ。
 だから、質疑応答の章を省いて、経文の章だけを翻訳し、出版するということは、やってはいけないことなのだ。

 質疑応答の章を軽んじてはいけない。ただ売れ行きを考慮したその判断は、間違っているといわざるを得ない。
 Oshoの講話は、完全な形で後世に残すべきなのだ。翻訳者や出版社の勝手な意向を、そこに加えてはいけない。
 その意味では、現在、質疑応答の章を省いて発行された邦訳本は、まったく中途半端で困ったものと言える。
その本の質疑応答の章の内容は、永遠に知られなくなるし、その完全な本を出すこともできないのだから・・・・。


 それに、Oshoの偉大さというのは、おそらく誰にもわからないものだろう・・・・。
 なんせ、Oshoの二生前の過去生が、チベットの秘密の洞窟に保存されている99体の神性の化身の黄金の像の一つなのだから・・・。

 そんな人物に、今生で巡り合えたということは、非常に稀なことであり、めぐまれていると言えるだろう。



 
9月17日

 「ビヨンド・サイコロジー」の前半分22章の翻訳が完了し、市民出版社に送信する。
 これで出版社に届けている翻訳は、本にして8冊分になる。なかなか出版が追いついて行かない様子〜〜。

 気分転換に、「魂のヨーガ」の第2巻の第1章を翻訳している。原題は「Yoga The Alpha and the Omega」で、講話日は、第1巻と第2巻との間に1年のブランクがある。そのせいか、第2巻の第1章で、パタンジャリについて語られている。

 それぞれ異なる傾向の講話なので、しばらく交互に翻訳してみようか、と思っている。



 
9月29日

 「魂のヨーガ」の第2巻の第1章の翻訳は23日に終了。
 再び 「ビヨンド・サイコロジー」の翻訳に戻り、現在は24章目・・・・。
 やはり、アメリカのコミューンに関する内容が多い。確かに、アメリカから離れて世界中を旅して、ようやく一時的であれウルグアイに落ち着いてからの最初の講話だから、それも当然なのだろうけれど・・・。

 ここで、Oshoの弟子であることについて語られているので、ある意味、当時の状況を知っている人にとっては、非常に重要な内容が語られているといえるだろう。

 だから・・・

 Oshoの翻訳をすればするほど、Oshoと日本のサニヤシンの言動が真逆であったのを感じる。

 サニヤシンから、特にあるセラピストから受けた傷を癒すために、Oshoの翻訳をしているのだから皮肉なものだ。
 ほとんどのサニヤシンは、全く表面的であった。深く探求する、という姿勢は全く感じられず、むしろそれを深刻なことととらえていた。

 彼らはただ楽しければよかったのだ。


 7月の終わりに市民出版社から「The Long,the Short and the All」のリバイスを9月すぎに送る、と言っていたが、まだ手元に届いていない。
 もう9月も終わりである。リバイスがなかなか進まないので、作業者を変えたと言っていたが、あまり変えた効果は見えないようだ。

 この分だと11月の出版も危ういかもしれない。

 まあ、出版されるのがいつになろうと、
 自分はただ、もくもくと翻訳するだけ・・・



    




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