1月2日

  
The Sound of Running Water 〜 Oshoの伝記と写真入りの大型豪華本で、オリジナルは1981年3月に出版された。
20年以上絶版となっていたのが、2010年1月に700部限定で復刻再販された。 ただし、オリジナルが529ページに対して復刻本は464ページと少なく、本のサイズも一回り小さくなっている。 それでも掲載されている写真の質は高く、最も興味を引くOshoの伝記の部分はオリジナルそのままで、この箇所だけ1984年にラジニーシ・ニューズレターの別冊本として邦訳が出版された。 この原本を2012年1月にAmazon USA より700ドルで購入する。現在は1,000ドル以上の値が付いている。


 そのOshoの伝記の中で、Oshoが自分の若い頃を回想している文があり、編者がそれをどの本から引用したのか、
その原本がずっと気になっていた。編者は初期の講話から、としか言ってなくて具体的な書名は明かしていない。
それが現在わかったものは「知恵の書 上巻10章」「And Now, And Here 下巻1章」 
「The Discipline of Transcendence 超越の訓練 2巻11章」「神秘の次元 2章と5章」から・・・
 このうち、「知恵の書」と「神秘の次元」は出版されている。後の2冊はどちらも自分の翻訳した本で、まだ出版されていない。

 こういうエピソードはとても興味深いし、現在、この邦訳本は入手できない状態なので、
この話が述べられている他の部分の原書も全てぜひ見つけて翻訳したい。




 1月21日

目覚めたばかりというのは、頭がとても明晰になっていて、いろんな考えが浮かびやすいもので〜〜

今朝はOshoの講話の変遷が見え出した!
 Oshoは、1960年代後半から1990年に肉体を離れるまで、途中3年ほどを除いて、ほとんど毎日講話をしてきたが、
初期の1970年代前半までは、インド人を相手に話していたので、言葉はヒンディー語で、その内容は、神、魂、生と死、転生、瞑想法、クンダリーニ、ヨガ、精妙な身体(エーテル体など)、インドの聖者たち、寺院や宗教の秘教的意味など〜〜 インド人にとって関心の強いテーマを扱っている。

 1970年代の中頃から西洋人たちが集まってくる。西洋人が抱えている問題は、物質文明の行き詰まりを感じ、新しい生き方を探していること〜〜 
そのためOshoは、古今東西の宗教、神秘家、精神世界について幅広く語り始める。
仏陀、キリスト、老子、スーフィー、精神分析、禅、心理学など〜 そしてより現実的な問題について〜〜苦しみ、不幸、愛、男女関係、家族、社会、欲、エゴ、マインド、嫉妬、野心、権力など〜〜 これは1980年まで続く。

 前に翻訳した「知恵の書」はチベット仏教を扱ったもので、この頃の講話。

 その後、3年ほど沈黙する時期があり、そして1980年代中頃からは、状況的に、少数の弟子たち、より瞑想が深まった人たちに語っているので、その内容はより深く、高度になる。人間の意識の層について、意識の進化、瞑想が進むことに関する注意点、落とし穴、悟り、それに伴う、現代社会、政治の欺瞞、それらの個人に及ぼす影響の危険性、罠など〜〜

 現在翻訳している「トランスミッション・オブ・ザ・ランプ」はこの時期の講話。


 それから、1986年から約1年半ほど、ミステリー・スクールと称して、古代からの神秘的な技法を現代に対応させるように紹介されているらしいが、この頃の講話は、約15冊ほど本になっているが、日本語にはまだ一冊も訳されていない。だから、その内容については私もまだ知らない。 
そして晩年は、もっぱら禅について語られる。最後の仕上げは禅になるようだ。個人的には、この時期は今のところあまり興味がわかない〜〜

 Oshoの本には、いろんな側面があり、その中から自分に合ったものを見つけることは難しい。
まして、全ての本が翻訳されているわけではないし、その邦訳された本の傾向には偏りも感じられる。

 ただ、その基本的な教えは変わらないが、それを把握するのに苦労する。知らず知らずに入ると、迷路に陥ってしまう。
 だが、それがOshoの狙いでもある。Oshoは、知識を教えるためではなくて、特定の観念に捉われないようにさせるため、最終的には、無思考になるために語っているのだから〜〜 でも、混乱を避けるためには、ある程度、その本の傾向、背景などを知っておくことは必要だろう。




 3月5日

 「知恵の書」下巻の校正が終わった!後は出版を待つばかり〜〜 下巻は、上巻より少なめの12章。たぶん、500ページもいかないかも・・・でも、内容的には下巻の方が、より充実している。ほぼ、この「知恵の書」上下巻だけで、Oshoの世界が全て解るだろう。

 内容は〜〜 宗教と科学の違い、瞑想とは何か、キーポイントである「気づき」「観照」の意味、人間関係、世俗的快楽、嫉妬、比較、自分の中の空虚さを見ること、マスターと弟子の関係、信仰の否定、信じないこと、愛の三つの段階、自分自身であること、失敗を恐れないこと、等・・・・
 精神世界を歩む中で、陥りやすい落とし穴や過ち、疑問点などに、的確に答えている。

 ただ、ほぼ1年前に翻訳したものの見直しで、やはり、けっこう誤訳〜〜間違って訳したところも多いし、日本語での表現には、本当に苦労する。特にこれは、精神世界についての話だから、そのニュアンスは微妙になってくる〜

 それと、ところどころにジョークの小話が挿入されているのだが、だいたいが、英語でないと面白さが理解できないようなものばかり・・・
だから、その場合は、訳註として解説を書き込んでいる。そのためには、私自身がそのジョークの面白さを理解しなければならない。
Oshoの翻訳で一番悩まされるのがジョークの小話の翻訳だ。ともあれ、ひと段落した〜



 3月23日

 Oshoの翻訳出版のその後の経過・・・

 昨日、出版社より電話があって、Oshoの出版権の問題は解決したようで、これからも本の出版は可能とのこと。
 なんとなく利権からみの問題だったようで、ややこしくてよくわからないが、本当にこういう俗な世界は嫌だ。

 本部はアメリカで、日本の特定の代理店を通さなければ出版できない、と変更されたらしくて、それがなぜか私が関わっている出版社に連絡されていなかった、という話。

 今、日本では、その出版社しかOshoの本を出していないのだから、おかしな話なのだが、とにかく出版する時点で、出版権を持つ所に対してお金がかかるわけで、ある程度売れなければ採算は取れない。で、こういう類の本は、そんなに売れるものではない。だから、Oshoの本は絶版が多い。

 内容的にもOshoの本とは、何か特定のものを信じれば、願いが叶うとか、幸せになれるとかいうものではない。
インスタントな答えを与えるものでもない。慰めや希望を与えるものでもない。
 ひたすら、探求者のためのもの、真理とは何かを知りたい人のためのものだから、どうしても、少数派になるのだろう。

 それに、伝統的な宗教や価値観に反対しているし・・・ だから、誤解や偏見も生まれやすい。ようするに、一般受けしない。

 ただ、その価値がわかる人にとっては、非常に貴重な本ではある。
だから、翻訳・出版の必要性を強く感じている。

 たとえ非常に少数の人だけかもしれなくても、求めている人がいる限り・・・
既成の伝統宗教や、安易な新興宗教、スピ系には満足できない人がいる限り・・・

だから、とりあえず、出版の可能性が見えただけで、安心できた。とにかく、翻訳すべきものは山ほどあるのだから・・・




   



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