4月1日

 正直、今の状態でもっと前から生き直したい、という気持ちがある。
 何も邪魔されずに一人で好きなことをやって生きることが、自分にとってこれほど自然で心地よいものか〜〜。
 それがわかるまでには、自分がこれまで得てきた経験が必要だったのだろうが、それでも、一人でいることを批判的に視る世間的な風潮にずいぶん惑わされてきた。

 最近になってようやく、一人で生きることを認めだす風潮が、その類の本やサイトに見られる。それでも全般的にはまだネガティヴな捉え方が多い。
 一人で生きることを一大決心や覚悟を必要とするような、孤独と戦う、というような・・・・。
 私にとっては自分に正直にしているだけのことだが。

 中年や老年に離婚したり死別して一人になった男が、その後荒れた生活をして堕落していくのをよく聞くが、確かに一人暮らしに慣れていない人が年老いてから急に一人になるのは厳しいだろう。私はそういう経験を30歳台にしてきたので、その意味では慣れている。

 おとなしいとか、内向的とか、草食だとか、そういう言い方にはどこか非難めいたニュアンスがあるが、それのどこが間違っているのだろう?
 それはその人の個性なのだ。それが私の個性なのだ。だがその個性を、小さな頃から周囲から批判されたり嘲笑されたりしてきた。

 だから、なかなかあるがままの自分を受け入れられなかった。周囲が自分を否定しているのだから。
 そして今、ようやくあるがままの自分を受け入れられるようになった。おとなくして内向的な自分の個性を、それでいいのだと認めることができた。
 それでようやく楽に、幸福に生きられるようになった。だから、その自分を受け入れられた状態で、もっと前から生き直したいという気持ちがあるのだ。

 だから、そういう周囲からの批判や嘲笑は全てデタラメだったと思えるのだ。他の日記でも、これまで教えられたことは全てデタラメだったと言っているのはそういう意味でだ。何のための批判や嘲笑だったのだろう?私の本質は何も変わっていない。変えられない。変わったところといえば、自分を受け入れているか否かだ。

 子供の頃から、一人になることの恐怖を植えつけられた。それは、その恐怖を植えつける大人が一人になれない人間だったからだ。
 それは私にとって呪縛、条件付けになっていた。一人で生きることは逃避だ、というわけだ。くだらない価値観だ。

 ようやくそのくだらない価値観から解放された。だから、他人と関わるのが面倒なのは、いまだにその価値観を押し付ける者がいるからだ。

 よく、人は一人では生きられない、と言う。私には理解できない。私は一人で生きている。

 それの何が間違っているのだろう?



 スピリチュアルを学んだため、先祖供養は馬鹿げていると思うようになった。そもそも、私自身が先祖から何かの恩恵を感じたことはない。
逆に、先祖がある意味で呪われているのは感じる。非常に問題のある家系である。
 生まれてきたのはただ、自分の過去のカルマを解消するためだろう。そしてそれは先祖のカルマも含まれている。
 私はどうも先祖のカルマを多く背負っているのかもしれない。だがそれは全て自分勝手な想像でもある。何も確信できない。

 供養は商売、損得勘定になっている。供養したからいいことがある? 供養しないから悪いことがある? 完全な利害関係だ。非常に俗っぽい考えだ。

 私は何も期待しない。期待するから失望し、裏切られる。ただ、何も邪魔をしないでほしい。
 私は幸福も望んでいない。今、ここにあることだけで足りていて満足している。





4月2日

 さまざまな屈辱を受けてきたから、今一人で生きられるのかもしれない。
 自分を汚すために生きること、というのを、小学生の時に、なぜか直感的に思ったことがある。

 学校で、クラス全員から嘲笑されたことは何度もある。そのたびに、全身から血の気が引いた。
 こんな問題は、Oshoのセラピーでも解決されなかった。セラピスト自身も嘲笑したのだから・・・。

 もし、周囲に愛されて幸せに生きてきたなら、一人で生きることはできなかっただろう。だがそんな恵まれた生き方は続かないものだ。
 私は愛を知らないのかもしれない。それは自分ではわからない。ただ、私が経験してきた愛は、どれも自己中心的な愛ばかりだった。自分の都合のいいように相手を変えようとすること、自分の欲を満たすために相手を利用すること、自分の理想や観念を相手に押し付けること・・・

 少なくとも、自然な自分を受け入れられたことはない。
 そして今は、そんなことを他人に期待することもない。だから楽になっている。





4月4日

 世間は、俗世間とも言う。世間そのものが俗っぽい。世間での成功者は究極の俗人でもある。
 俗っぼいことに興味がない者を、世間は年寄りくさいと蔑視する。それは、昔は年を取るにしたがって、俗世間から離れていく人が多かったからだろう。
 現代は、年寄りの方が俗っぽい。だから今では、年寄りくさいとは俗っぽいという意味になる。
 単純に、尊敬できる、あこがれの対象になる年寄りがいなくなった。

 仏陀は、究極に俗っぽい生活を29歳まで生きた。それを究極まで生きたから、それを放棄できた。放棄は自然に起こった。それは成熟だ。

 俗っぽいものに興味があり、それに夢中になっているなら、徹底的にそれを楽しめばいい。何も間違いはない。

 果実は、熟さなければ落ちない。熟していない果実を無理に落とすと、それは傷になる。それがOshoの教えだ。
 いつ熟するかは個人の経験によって違う。時間がかかる。だからOshoは体験することを重視するのだし、だからアセンションというのはナンセンスなのだ。それは全て個人的な体験に依存する。

 仏陀は究極の草食男子である。


 私の人生は、50年ほどが回り道のようでもあったが、それはそれを超えるために経験しなければならなかった必要な回り道だったのだろうと思う。
 あえて汚れるために経験する、ということを小学生の時に直感で感じたが、汚れを知らなければ綺麗なものはわからない。


 ただ気がかりは、生まれ変わった次の生でも、また同じように俗な世界を経験しなければならないのか、と思うとうんざりする。
 そのためにも、今の生でなんとかしたいのだが・・・・

 死ぬときに持っている欲望が、次の生を決定する。それが霊であり、カルマでもある。霊とは欲望のエネルギーのことだ。
 欲望が消えると、そのエネルギーは宇宙と溶け合う。これが梵我一如、ウパニシャッドの言うブラフマンとアートマンが一体になること、仏陀の言うニルヴァーナだ。
 そうなると、もう生まれ変わらない。輪廻は終わる。





4月6日

 今日も和楽器バンドで始まる。今日の歌は「追憶」。

 そして、『八奏絵巻』のライブ映像ダイジェストから、いぶくろ聖志の箏ソロが素晴らしい。3:15から。

 -----------♪------------

 注文した「八奏絵巻」のDVDが届く。いぶくろ聖志の箏ソロ全曲を聞いたが、かなり凝った高度な演奏で、なんどもじっくり聞きたくなる。
 和楽器バンドは、それぞれのメンバーが一流の演奏者であるため、その音楽の質は高く、バリエーションが広い。こんなに夢中になった音楽はない。

 今、気に入っているのは、和太鼓の黒流が作った「鋼-HAGANE-」という曲。始まりの箏の演奏が、これもすごく難しいテクニックを使っているらしい。
 もう一つ、「虹色蝶々」も美しい曲だ。

 正直、和楽器バンドに夢中になって、翻訳の方がおろそかになっている。





4月7日

 和楽器バンドの「吉原ラメント」2016 武道館新年ライブの映像が見つかった。3月23日にアップされているから、つい最近だ。

 「風鈴の唄うたい」も、箏ソロからの映像で見つかった。

 やっぱりこのライブ映像は最高だ!





4月16日

 1年前の熊本地震で甚大な損害を受けた熊本城の復旧には20年を要するらしいが、それもまったく目途は立っていないらしい。
 熊本城には過去に3度訪れたが、損傷する前の熊本城の写真は今では貴重になっている。
 フィルムが良くなかったので色合いは悪いが、熊本城のページに写真を追加した。


 毎日同じ事の繰り返しだが、まったく退屈しない。ただ翻訳だけの日々だが、それが常に刺激的だからだ。
 そしてこんなコツコツとした毎日が自分の性に合っている。

 そして自分を鼓舞させてくれるものに和楽器バンドとBABYMETALの音楽がある。
 Oshoと和楽器バンドとBABYMETALが自分を支えてくれている。


 BABYMETALを観た外国人の反応映像がおもしろい。
 
YOUTUBERS REACT TO BABYMETAL 
 Reaction to BabyMetal's "Karate" - Y...
 BABYMETAL - Gimme Chocolate!! Reacti... 
 BABY METAL: GIMME CHOCOLATE REACTION... 

 和楽器バンドの反応もいい。・・・・まあ、この女の子が美しいからだけど・・・
 WAGAKKI BAND Senbonzakura MV Reactio...

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 精神世界の所有本〜〜

 シュタイナー
 

 神智学〜 「神智学大要」の同じ巻を2冊予備として持っている。
  

 スピリチュアリズム関係
  

  

   

 江原啓之、美輪明宏〜
 





4月17日

 自分の人生を振り返る〜

 3歳、熊本から大阪に移転。小学校を3回転校、中学校を1回転校。
 10歳から漫画製作〜17歳頃まで。
 13歳、アルバイト新聞配達〜約1年間。
 15歳の時に漫画作品でテレビ出演。石森章太郎に傾倒。
 15歳から油絵製作〜30歳頃まで。
    ペートーヴェン、ロマン・ロランに傾倒。
 16歳、17歳の時に3分アニメーション製作。キング・クリムゾンに傾倒。
 16歳からロック・バンド活動〜19歳頃まで。フリー、C.C.R.、ディープ・パープル
 18歳〜家族から離れて京都移転。4回転居。横尾忠則に傾倒。
 22歳〜東京移転。ブライアン・イーノ、クラウス・シュルツに傾倒。
 22歳から写真撮影(モノクロ・自主現像プリント)〜24歳まで。     
 24歳頃から精神世界に興味を持つ。24歳と25歳の時に個展。
 26歳〜長崎・平戸移転。Osho・サニヤス、グループ瞑想、セラピー。
 27歳、インド旅行、福岡移転。瞑想センター。ラジニーシプーラム・セレブレーション。
     過去の油絵作品を全て処分する。
 30歳〜奈良移転。  
 31歳から写真撮影〜52歳頃まで。撮影フィルム総本数約1600本。
     タイ旅行。
 32歳頃、家族と交流。
 34歳、タイ・インド旅行。Osho、肉体から離れる。母親死亡。「秘教の心理学」翻訳。
 35歳と38歳の時にインド・プネーのOshoコミューンを訪問。
     ドイツ・イタリア旅行。Oshoの洋書を買い集める。
 36歳 プネーで知り合ったドイツ人と結婚。約3年間ダイナミック瞑想を続ける。
 37歳、ドイツ旅行。
 39歳  離婚。モーツァルトに傾倒。モーツァルトのCDや本、オペラLDを買い集める。黒澤映画に傾倒。
 40歳、オーストリア(ウイーン、ザルツブルグ)-モーツァルト歴訪旅行。
 41歳、5LDK一戸建て購入。イタリア(ローマ、フィレンツェ)旅行。
 44歳、ウィーン・ヴェニス旅行。
 45歳頃からインド音楽に傾倒〜現在に至る。
 47歳から気学方位取り旅行〜54歳まで。
 48歳、シンガポール旅行。インド映画音楽のDVD、VCDを買い集める。
 49歳、オール電化設置。
 50歳、ギリシャ(アテネ)旅行。
 51歳頃からバロック音楽に傾倒。耐震補強工事。
 52歳、パソコンでホームページ開設。
 53歳、インド(カジュラホ)旅行。
 54歳、会社リストラ退職。太陽光発電設置。
 55歳、カンボジア(シェムリアップ)旅行。
     Oshoの翻訳を始める。「The Book of Wisdom」(アティーシャの知恵の書-上)
 56歳、インド旅行(19日間)。翻訳「The Book of Wisdom」(アティーシャの知恵の書-下) 
     ☆出版「アティーシャの知恵の書-上」
 57歳、翻訳「The Transmission of the Lamp」(炎の伝承) 「The Discipline of Transcendence Vol.1」 「And Now,And Here Vol.2」(死ぬこと生きること)
     ☆出版「アティーシャの知恵の書-下」 
 58歳、翻訳「The Discipline of Transcendence Vol.2」「The Long, the Short and the All」(真理の泉) 「The Discipline of Transcendence Vol.3」
     ☆出版「死ぬこと生きること」「炎の伝承 T」
     右足負傷-3週間入院。
 59歳、翻訳「The Discipline of Transcendence Vol.4」 「The Silent Explosion」 「OSHO: The Luminous Rebel」
     ☆出版「炎の伝承 U」
 60歳、翻訳「Beyond Psychology」 「Yoga: The Alpha and the Omega Vol.2」 「Yoga: The Alpha and the Omega Vol.3」 「The Eternal Quest」
     ☆出版「真理の泉」
 61歳、翻訳「Yoga: The Alpha and the Omega Vol.4」
     BABYMETAL、和楽器バンドに傾倒。


 ・・・・普通に結婚を続けて子供でもいたら、または親の介護などをしなければならなかったなら、こんな生き方はできなかっただろう。





4月24日

 ヤフオクでOshoの旧ブネー時代の本が出品されていた。だいたい各1,500円で、その中から「The Goose Is Ou」(1981年 Q&A)だけを落札した。同時に出品されていた「Sufis;The People of The Path」は入札しなかったが、一度無入札で終わり、再出品で他の人たちが競って結局8,000円で落札していた。そうすると自分がこの本に入札しなかったことが惜しく感じられた。この辺の欲の変化がある。それ以前に1,500円で手に入れられた、という悔いが生じてくる。

 失ったものを取り戻したい、という願望が自分の深いところにある。だが、実際に取り戻しても、その再び得たことに対する喜びはすぐに消える。物を得ようとしているその過程がおもしろいのであって、一旦その物を得たら興味は薄れる。それで、得た物を手放してまた探すという愚かな行為を繰り返してきた。
 探す行為が楽しいのだ。手に入れにくいから、それは貴重な物になり、それは挑戦になる。手に入れたら、それは当たり前になり、興味が薄れる。
 ただ、一旦手放して、再度手に入れることに苦労した物は、その苦労からその物の貴重さを感じることができる。それは最初に手に入れた時には感じられないものだ。それを知るために、この手放しと獲得の繰り返しをしていたのかもしれない。
 無くなって初めてそのありがたみがわかる、ということを象徴している。別の見方では、無くして初めて自分のそれに対する愛着がわかる。

 ただ、別の面では、その失った物よりも、その物にまつわりついている思い出を取り戻したいというのもある。それは逆に言えば、その思い出を消したいためにその物を手放した、ということでもある。その思い出にどう向き合うかで、その物に対する見方は変わってくる。

 風水によれば、過去の物を捨てることは運気を上げるらしい。
逆に言えば過去の物にこだわって保持していれば運気は下がることになる。気学の方位取りでも吉方位に自分の下着を捨てるのはいいらしい。
 その意味では、無意識的に物を捨てることで自分の過去を消そうとしていたのかもしれない。
 物には気が移るから、否定的な気がのり移った物は早く処分した方がいい。
 その意味では、本当は中古品を手に入れるのも良くないことになる。前に使っていた人の気がその物にとりついているからだ。
       
 気といえば、最近はずっと一人で住んでいるので、たまに他人が家に入ると後になって変に疲れることが多い。
 正直、誰も家に入れたくない。他人の気で乱されたくない。

 日本の寺院よりもインドの寺院にその霊的な気を感じられる。





4月25日

 外国・インド・カジュラホのページに、カジュラホの寺院で特に好きな美しい天女像をまとめた。 天女-Apsaras
 カジュラホは、過去にイスラム教徒によって徹底的に破壊されてきて、現在残っているのは、85あった寺院群の25にすぎない。奇跡的に残ったわずか30%の寺院だ。
 こんな美しい像が本来は後どれだけ作られていたのだろう。そしてこれらを作った彫刻家たちの技量にも感動する。





4月27日

 しばらく続いていた腰痛がウソのように軽くなった。特に何もしていない。季節の変化が原因だったのか? まだ完全ではないが、とにかく身体は軽くなった。ただ首の痛みはまだ治まらない。私は腰と首が弱い。

 これまでいろんな人と出会ってきたが、今はみんな目の前からいなくなった。そして、誰もいなくなった・・・、これは何かの小説の一節らしいが、そんな状態。
偉そうにしていた人、わかったようなことを言っていた人、みんないなくなった。そして、何も変わっていない。
 そして自然と忘れ去られていく。まさにベートーヴェンの最期の言葉の通り・・・「茶番は終わった」・・・となる。
 私の人生は、まさに茶番と呼ぶにふさわしい。世間的な価値観・常識・習慣からは多少ずれていたが、それなりに自分のやりたいことをやって生きて来た。
 概ね、満足している。人間関係は最悪だったが・・・・

 生まれた時は一人で何も持たず、死ぬ時も一人で何も持たず。一人で来て、独りで逝く。

 手塚治虫は60歳で亡くなったが、晩年、世間に忘れられることが怖い、ともらしていた。有名人ならではの心配なのだろうな・・・。
 私は孤独死が必然の成り行きだろう。今流行りの終活はまったくナンセンスだ。私にとっては、死に際して、いかに肉体への執着を断ち切っているか、肉体との同一化をなくしているか、を課題としている。それによって成仏〜死の世界への移行がスムーズになるし、次の生を決める要因にもなるからだ。





4月28日

 Yahooニュースで、桑原武夫氏の約1万冊の蔵書が図書館の職員によって廃棄されたということを知った。
 価値のわからない者にとっては、どんな貴重な本でもただの紙くずにすぎない、ということを象徴している。
 私も、自分が大切にしていたものを知らずに親に捨てられてきた。親にはその価値がわからなかったのだ。賞状や絵画作品などを捨てられた・・・・。
 このニュースを知って、自分の体験が連想された。しかも・・・、私の宝物を捨てた親が、世間では好まれていた。

 私を傷つける人間が世間や周辺では賞賛されている、というパターンは私の人生でよくあったことだ。

 私自身も、一度30歳の頃に精神世界の関係の本を多く処分している。その中には貴重な本もあったが、当時は精神世界に関わることがすごく嫌になっていたからだ。
 物の価値は人それぞれによって違うし、その時の心境によっても変わる。だから、捨てることだけは止めた方がいい。








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