11月6日

玄米食と白米食の違い

先日のテレビで、江戸時代の不思議な習慣について特集していたバラエティ番組があり、とても興味深かったが、

その中で、
江戸時代の人の最も多い死因が「脚気」によるもので、その原因は白米の食べすぎによるものと言われている。
つまり、ビタミンB1の欠乏が原因。

それで思い出したのが、
確か日露戦争の時も、兵士たちに白米ばかりを食べさせたために、脚気にかかって死んでいった兵士たちが多かった、という話だ。

日本人の白米への信仰は根強いみたい〜〜

エイズが世界的に話題になっていた頃、日本人は白米を食べているからエイズにはかからない、などとバカなことを言っていた政治家がいた。

白米には、ほとんど栄養はない、と言われている。
だから、白米を中心とした食生活では、バランスの取れた栄養食品を取ることが必要になるのだろう。

よく昔から〜
一汁一菜という質素な食べ方がよいと言われてきたが、それは玄米を中心とした食事だからこそ成り立つもの。

ネットで調べても、玄米は栄養の宝庫と言われていて、ガンの予防にもいいらしい。
玄米だけで、ほとんどの栄養はまかなえるようで、だから一汁一菜という食べ方が成り立つのだろうな。

栄養を別にしても、
玄米を食べると、あまり量を食べる必要がなくなる。満腹感が強く、食べ過ぎて太ることもない。
解毒作用もあり、他の食品添加物を気にする必要もないらしい。
玄米によって、それらの毒素は排出されるらしい。

そうとも知らずに約30年間玄米食を続けてきたが、それでよかったと安心している。






11月14日

映画「惑星ソラリス」を観る
何十年も前に観た映画で、何か深く印象に残っていた作品で、久々にレンタルDVDで観た。

1972年の旧ソ連映画。

一応SFのジャンルに入るだろうが、内容は非常に心理的、内省的、哲学的である。
つまり、重くて深い。

ストーリーは〜
惑星ソラリスを調査しに行った人が、あり得ない物と遭遇する。
それは、4メートル大の裸の赤ん坊・・・ それから別の人がソラリスの調査に行く。
この人物が本編の主人公で、以降はこの人の行動が中心になって描かれていく。
この人は、そのソラリス調査宇宙船内で、10年前に亡くなった自分の妻に会う。
それは、ソラリスの海が、人間の記憶を読み取って、それを物質化している、というものだった。

つまり、そこで彼らが見ていたものは、自分が作り上げたものだった、ということだ。

ストーリーでは、その主人公は、ソラリスが作った亡き妻の複製を愛するようになり、その複製妻も彼を愛するようになる。
彼は、その複製妻と一緒に地球に戻ることを願うが、その複製妻はソラリスが作ったものなので、ソラリスから離れると消えてしまう。

全体として、とても感傷的な場面が続いていく。

最後のシーンでは、彼は地球の自宅に戻っているが、なぜか外は天気なのに、家の中で雨が降っている。
実は、それも彼のイメージが作り出したソラリスの創造物で、ラストシーンでは、ソラリスの海に浮かぶ彼の家と庭が俯瞰されていく。


「2001年宇宙の旅」と、よく比較されたらしいし、日本で初めて上映された頃は、黒澤明が熱心に勧めたらしいが、SFファンからは酷評だったらしい。
途中、なぜか、東京の首都高速道路の走行映像が映し出される。ストーリーとの関係というよりも、登場人物の心理描写のための映像、という感じ・・・

全体的に、映像は非常に美しく詩的だ。また、BGMにはバッハのオルガン曲が使われている。私にとっては、心に深く響く映画である。









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