12月28日

 去年の12月21日、地球滅亡の日から早一年が過ぎた。妄想がひとつ消えたことは良いことだが、終末論の好きな人は、また新たな滅亡の日を探していることだろう・・・スピリチュアルな妄想に取り付かれている人と関わっているヒマはない。
 なぜ、この世界に関心を持っているかといえば、普通の世間的な生き方に、あまり意味を感じられないから・・・昔からそうだったな・・・

 人間はいずれ死ぬ。じゃあ人間のしていることって、何なの?死んで、みんな消えるのなら・・・100%、みんな確実に死ぬ。それでも、誰も死を知らない。というより、死について考えることを否定し、批判し、忌み嫌う。変な話だ・・・
 死ほど、確実に起こることはないのに、死ほど、誤解され、妄想されていることもない。死を知ることは、生を知ること。古代の宗教は全て、そこから出発している。



 日本の仏教はインドで生まれた仏教とは違う。それは日本独自の仏教。古神道や修験道と交じり合っている。インドの仏教と比べて、どうだこうだと言うのも意味を感じなくなった。宗教は風土や民族の気質で変わるものだし・・・それはそれでいい。
 ただ、それだけに、自分はそんな世界には馴染めず、部外者的、よそ者的感覚に襲われる。世間の風習には馴染めない。妄想に染まった世界には興味が持てない。
 古代インドへの憧憬は強いな・・・ブッダやマハヴィーラが生きていた時代。そんな憧れを呼び起こさせているのがOshoだが・・・ただ彼の本を翻訳することだけに喜びを感じている日々〜〜

 ますます、浮世離れしていく・・・

 自分もいずれ死ぬが、その時は、断食して、意識的に、即身成仏のように死にたいもの〜〜その時に、どんな欲望が残っているかが、次の生〜生まれ変わり、を決定するから、その時までに、とれだけ瞑想的になれるかが鍵になる。
 ヴィパッサナ瞑想も、早10ヶ月経ち、でもまだこれから〜内面ではいろんな変化が起こっている。それぞれにきつい・・・自分の苦、汚れ、醜さとの対面は〜でも、除々に軽く、解放されている。最低、3年は続けなければならない・・・



 手相の変化・・・
神秘十字線は昔から両手にあるが、だいぶ前から、太陽線が出てきた。それが下に伸びて、覇王線らしき形になっている。
運命線は、以前は感情線より上にはなかったのに、最近そこに現れてきている。手首から中指まで繋がっている。
運が良くなってきているようだが、私の生活は変わらない。ただ、ひたすら、翻訳三昧の日々・・・



 来年には、翻訳した本が3冊、時期をずらして出版される予定らしい。
ただ、今訳している仏陀についての講話は、再来年〜2015年の予定。仏教関係者からの反応が興味ある。

 再来年の話だから、鬼は大爆笑していることだろう。






 

   2013年 12月
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