6月3日
ホクロ占いでは、胸にホクロのある人は騙されやすいらしい。
歌の文句にもある
♪胸にホクロのある人は、好きな男に騙される〜〜♪
…東京ロマンチカ…だったかな?

私の胸にも大きなホクロがある。ちょうど心臓の位置に。

確かに、本当によく騙されてきたものだ・・・・ 人が良すぎる自分の性格が本当に嫌になる。
世間で生きていくには、策略とハッタリが必要なのだろう。 うまく生きていくヤツが得をする世の中。 正直者はバカを見る世の中。
世間を上手く渡っていく智恵とパワーが私にはどうもないようだ。

それでも いままで、いろいろ騙されてきて 多くのものを失ってきても
今 こうやって、働かずに 好きなことをやって生きていける。
これといって不自由なく、将来への不安もない。欲が無くなってきたせいもあるだろうが 不思議と、結果オーライなことが多い。

人生は、まったくよくできている。





 6月4日
最近、またよく空を飛ぶ夢を見る。

夢の中では、空を飛ぶことはごく当たり前のことのように感じられる。飛ぶ、というよりかは、浮かぶ、という感じ。
「飛ぼう」と思う意志、思念だけで飛ぶことができる。その思念の強さによって、高く飛んだり、速く飛んだりとコントロールできる。
藤子不二雄のマンガ「パーマン」のような世界。
飛んでいるときは、とても気持ちがいい。

霊界では、霊たちは自由に飛んだりしているらしいので、飛ぶ夢は、霊界で実際に飛んでいる記憶とも考えられるが、
確かに睡眠中は、霊は肉体を離れて霊界に行っているけれど、

それにしては、飛んでいる時の周りの情景は、昭和の時代の街の中、という雰囲気。
それも、空は電信柱から電線が張り巡らされているので、その電線にひっかからないように、空き間をくぐって飛ぶという感じ。

どうも、霊界、という雰囲気ではない。自分の子供時代に過ごした街の情景そのものだ。
子供時代の心理的な解放を求めているのかもしれない。





 6月8日
私は男だが、自分の内面はより女性的であることを昔から感じていた。
外見からはすごく男性的に見られるらしい。そのギャップに悩み、女性的な自分を恥と思い、自分を出すことを抑えてきた。

女性的な男性に対する蔑視、偏見はまだ強い。

性の対象は女性である。ただ、受け身で、攻撃性が弱い。
男性的であること、男らしくあることは、とてもエネルギーを要する。無理がある。疲れる。

自然界のバランスからか、どうも女性的な男性は、男性的な女性に縁があるようである。だから強い女とばかり関わってきた。
そもそも自分の母親がそんな女だったのだが、とにかく女性にはいつも負けてしまう。それはそれで嫌である。

いま、独りでいることで、誰とも接しない時間を長く持つことで、少しずつ自分の女性的資質を受け容れることができる。
それでいい、問題ない、と・・・・ 
それが、あるがままの自分なのだから そうしか、在り様がないのだから

竹下流気学と和尚だけが、そんな自分を受け入れ、認めてくれている。
竹下流気学による鑑定では、私は守備型宇宙人で芸術家の相であるらしい。
守備型とは、女性的で受け身の性格であること、コツコツと地味な仕事をこなすナンバー2タイプでリーダー的ではない。
宇宙人とは、個性・パワーが強く、普通の生活、生き方では満足できない。
芸術家の相とは、感性が鋭く、発想が変わっているので、変人に見られ、集団に順応することができない。

和尚では、ちょうど今翻訳している本の文章が心に響いた。

「男性がハートの中へ入って行く時はいつでも、彼の中の何かが女性になる。彼はより丸く、より柔らかく、より傷つきやすくなる。 
ゴータマ・ブッダのような、イエス・キリスト、クリシュナのような少数の男性が存在した。
しかしあなたはあるポイントに気づいただろうか? 彼らはみんな女性的に見える。 
実際それはフレドリッヒ・ニーチェの仏陀とイエス・キリストに対する批判のひとつ、彼らは女性的で女々しく見える、というものだった。 
仏陀は確かに女性的に見える。
フレドリッヒ・ニーチェはゴータマ・ブッダを理解することができない。」





 6月13日
2006年にギリシャのアテネに行ったときのこと、

アクロポリスにある博物館を見学し、出口にある売店に寄ると、客と店員が話している。
客はたぶん他愛もない質問をしているのだろうが、
その女性店員は「What do you say? I can not understand 」〜「何を言っているの? わけがわかんない」とつっぱねていた。
女性店員はサングラスをかけ、ふてぶてしい態度で、にこりともしない。威圧的だ。

アテネ市街が展望できる丘へ登るケーブルカー乗り場へ行ったとき、まだ、ケーブルカーの出発時間に間があった。
ひとりの女性係員が準備をしていた。チケットの販売機があるが、料金がわからない。
その女性係員に料金を訊ねたら、まだ出発時間ではない!と答える。
話が通じない。こちらの話を聞こうとしない。何度か聞き直しても、両手を上げて「ダメだ、こりゃ」という態度をする。

アテネの接客態度はこんな感じか・・・・
日本は本当に優しい国だと実感した。





 6月14日
自分の心境の変化によって聴きたい音楽が変わっていくことは、よくある自然なことなんだけれど、
何かを聴きたくても、聴きたい音楽が見つからない、ということもよくある。ピンとこない、というか・・・

普段よく聴いている曲でも、その日はどうも重くなったり、うるさく感じたり・・・・と。
自分が神経過敏になっているような時は、どうも既成の音楽はどれも合わなくなってしまう。そういう時は、あえて何も聴かないほうがいい。

だからなのか、最近はあまり音楽を聴かない。聴かなくても、頭の中で再生している。

他人が良いと薦めるもので自分もいいと感じたものは少ない。
音楽の趣味はまったく個人的趣向だから、自分の好きな音楽、聴きたい音楽に出会えることは、ある意味運まかせな感じがある。

まだ本当に聴きたい音楽に出会えていないような気がする

音楽は瞬間の芸術 不思議な世界・・・・
なぜ音楽が心を震わせるのだろうか
スピリチュアルな世界では、霊界にはとても美しい音楽が流れていて、その美しさは地上の音楽とは比べものにもならないのだとか

バッハやモーツァルトは、そこからインスピレーションを受けて曲を作り上げたという。
インスピレーションも立派な霊界との通信の一種だから

その霊界の音楽のことを最初に伝えたのがピタゴラスらしい。音階やオクターブなどは彼が作った理論だとか





 6月16日
このごろは夢を覚えられなくなってきている。
目覚めた瞬間に忘れてしまうので、とてももどかしい。
一度忘れかけていたのを何とか思い出したのが・・・・

古いトイレの情景 汲み取り式のトイレで扉はない
側に二人の男がすわっている ひな壇のように、一人は一段高いところにいる
よく観ると、二人の身体の下半身が地面と同化している 地面は土、土が盛り上がっていて、それがそのままその男たちの身体に変化していっている
つまり、彼らはその場所から動くことができない状態になっている 彼らは上半身は動くので、話をしたりはできる

たぶん、一日中座ってパソコンをしている自分を象徴しているのかもしれない。
人生は夢の如し、とよく言われるが、「なんだ、夢だったのか」という目覚めた時の気分が 「悟り」の心境に近いのかもしれない。


こんな例え話を思いついた。

ある夫婦がいて、昼間、夫は目を閉じて手足をジタバタさせて、のた打ち回っていた。それを見た妻が言った。
「あんた、いったい何をしているの?」
夫「うるさい! 俺は今、自分の闇の部分を追い払おうと戦っているのだ。」
呆れた妻は言った。
「だったら目を開けたらいいじゃないの?」


目を開けたら、闇は消える、夢は消える 光があれば闇は自ずと存在しなくなる 光と闇は、対立するものではない
光と闇との戦いという見方があるが それは、非常にナンセンスだ。
光の不在が闇であり、闇と戦う、ということは、闇が存在していることを認めていること、それにエネルギーを与えていることになる。

自分で、闇があると思い込んでいるだけなのだろう。闇は、自分が作った世界だといえる。
だから、「悟り」を、光明を得る、目覚める、とも言う。
「悟り」とは、そもそも闇など存在しなかった、ということを知ること、闇の世界を創ることを止めることなのだろう。

問題は、目の開け方がわからないこと、あるいは、開けたいと思わないこと、なのだろう。
闇の世界は、よく知っている、慣れ親しんだ世界 光の世界は、まだ体験したことのない、未知の世界
未知の世界に行くことは冒険、危険であり、賭けだ。何があるかわかったもんじゃない。
闇の世界は、少なくとも、よく知っているから安心、安全だ。だからそこを離れたいとは思わないのだろう。

土竜(もぐら)にとっては、光は眩しすぎる





 6月17日
最近、またクラウス・シュルツの音楽をよく聴いている。

世界的なシンセサイザー奏者の代表であるシュルツだが、最初にシュルツの音楽に出会ったのが19才、(36年前)
京都にいた時、ロック喫茶で聴いた彼の最高傑作「タイム・ウインド」 いままでに聴いたことのない世界で、すごい衝撃と興味を持った。
だいたい、シュルツの曲は一曲の時間が20分から30分くらいある。LP片面が一曲。この曲は気楽に聴ける曲ではない。自分にとっては恐ろしい音楽だ。

Klaus Schulze - Timewind  Bayreuth Return


もともとシュルツは初期のタンジェリン・ドリームというグループにいたが、後に脱退する。
タンジェリン・ドリームの曲で一番好きなのがこれ
Tangerine Dream - Stratosfear


日本でシンセサイザー音楽といえばやはりシルクロードで有名な喜多郎だろう。
喜多郎ではアルバム「古事記」から「祭り」という曲がいい


喜多郎はもともと日本のプログレ・ロックの草分けとも言えるファー・イースト・ファミリー・バンドというグループにいて、このバンドをプロデュースしたのがクラウス・シュルツである。
そしてこのファー・イーストのリーダーだったのが、今はヒーリング・ミュージックの代表格である宮下富実夫

FUMIO MIYASHITA-Healing Dance-track 2


ファー・イースト・ファミリー・バンドの曲はこちら
Far East Family Band - The Cave


この音楽が出たのが、上のシュルツのタイム・ウインドと同じ1975年。この1970年代中期の音楽が私にとっては一番おもしろい。





 6月18日
最初に聞いたロックがキング・クリムゾン。

高校生の時、それまではベートーヴェンばかり聴いていて、ロックは低俗な音楽だ、と見下していたので、
 ・・・・実はその後ロックバンドのボーカルをやるのだが・・・・ 
同級生が私にキング・クリムゾンのLPをくれた。只で3枚も。「ポセイドンの目覚め」「リザード」「アイランド」

この3枚のLPが私にとって、初めて聴いたロックだった。
ストーンズやツェッペリン、クリームなどはその後に聴き始めたので、私にとってロック・ミュージックとは、キング・クリムゾンのような音楽であった。
これがその後の自分の音楽の趣向を決定してしまったような気がする。

キング・クリムゾンにおいても、この3枚のLPが最高傑作だと思っている。
LPジャケットもいい。特に「リザード」Lizard は最高に好きで、これがケルトの美術に惹かれるきっかけになった。
こういうジャケツトの美しさはCDでは絶対に味わえない。

King Crimson- In The Wake Of Poseidon

King Crimson "Lizard (Prince Rupert Awakes)"

King Crimson "Islands"





 6月19日
ブライアン・イーノも1975年頃からよく聴いた音楽で、一時期は完璧にイーノの世界にはまり込んでしまった。
今でもこの人は天才だと思っている。

ロキシー・ミュージックからソロになり、他のミュージシャンと組んで実験的な音楽をやり、〜特にキング・クリムゾンのロバート・フリップとのものが好きだが、後に、アンビエント・ミュージック (環境音楽) なるシリーズを創りだしていく。
アンビエントの後期、1980年代あたりまでが私としてよく聴いていた時期で、それ以降のイーノは、当時の自分としてはかなり空気のような音楽に感じられて、(それがイーノのコンセプトでもあるのだが) 少しついていけなくなっていった。

ただ、今また聴き始めると、またのめり込みはじめそうになってきている。

とりあえずは、イーノの音楽の中でもミニマルっぽいものを紹介してみます。
ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズを単純に繰り返す現代音楽の手法(らしい・・・?) 
 ミニマルとは最小限度という意味らしくて、ミニマル・アートというのもある。
BGMとして聴くにも心地いい。

Here Come the Warm Jets

Brian Eno - By This River

Brian Eno - On Some Faraway Beach


イーノから離れてミニマル・ミュージックの他の音楽で好きなのが現代音楽のフイリップ・グラス
"North Star" by Philip Glass





 6月20日
PCで地デジを見ようと、すでに去年の10月にオークションで地デジ・チューナー IO DATA GV-MVP/HS3を入手していたが、
モニターがHDCP対応でなかったため、初期設定ができず、ずっと放っておいて、テレビもそんなに見ることもないし、地デジ対応にするのは止めようか、と思ったりもしたが、

やっぱり、サッカー日本代表の試合は見たいし、た〜〜まにいい番組もあるし、
HDCP対応のモニターをヤフオクで物色していたら、Dellの22インチ液晶ワイドで8000円であったので、落札して入手し、
そのモニターに交換してチューナーを設定したら、地デジ放送を無事見ることができるようになって、

さっそく先日のサッカー・五輪2次予選日本vsクエートを録画したら、2時間で13GBも容量を使用していて、
アナログ映像の約3倍もの容量を食っていて、しかも付属の編集ソフトが非常に使いづらいもので、
そのソフトを使わないと録画した映像は見られないし、別のHDDに移しても見られなくなって、

また、別の問題として、地デジ・チューナーを取り付けると それまでHDDに保存していたアナログ映像の音声が聞こえなくなってしまって、
よく調べたら、音声設定をMPEG-1に変換すれば聞こえるようになったのだが、

保存している映像全てが音声が聞こえないので、全部設定変更するのも大変な手間がかかるし、
とにかくPCでの地デジは非常に使いにくく、不便で、ややこしく、めんどくさい、という感じをもっているこの頃。






 6月21日
東京に住んでいた頃、よく池袋の西武美術館に行ったが、
その館内でよくBGMとして流れていた、ブライアン・イーノのアンビエント(環境音楽)シリーズの一作目。
瞑想の音楽としても使われたりしていが、一般的にいう、眠たくなる音楽
逆に言えば、こんなゆったりした時間を味わえる余裕がないともいえるけど

Music For Airports

イーノのアンビエント第二作。
日本語タイトルが「鏡面界」で、Oshoの弟子、サニヤシンたちが好んで聴いていた。
Brian Eno H.Budd The Plateaux of Mirror First Light


猫も杓子も、という感じで、あちらこちらで「鏡面界」ばかり聞いていた。

それでも、アイコというサニヤシンのセラピストは、イーノの音楽を「根暗ら」と揶揄していた。
そういう感性のない、音楽性のわからない人間が、セラピーなどをして、他人の精神問題を取り扱っているのだから信じられない。
当然、彼のセッションは粗くて、テンションは高いが、攻撃的で、繊細さは欠けていた。
西洋人向けの方式を日本人に強要している、という感じなのだが、日本人セラピストとしては古株であり、リバーシングの権威的存在だったので、誰もアイコのやり方に従っていた感じ〜〜。
まあ、自分より上位の人間にはおとなしく従う、という日本人の条件付けがみんな強かったからなのだろうけど、

後に、ワドゥダという西洋のセラピストの談話で、日本人には西洋式のセラピーは合わない、ということを言っていたが、
さんざん西洋式のセラピーで、こき落とされて、今さらそんなことを言われても後の祭り・・・

個人的体験からは、セラピーは、ほんの一時的な効用で、根本的な解決にはならない。
逆に、セラピーで受けた傷を、未だに引きずっているのだから、本末転倒、バカな話だ。
これが、私をOshoの世界から遠ざけた、嫌悪させた原因になる。

そういうセラピストのエゴ・トリップについて和尚も語っているのだから、身をもって体験したわけか・・・
反面教師にすべきだな〜〜〜
まあ、セラピー依存から抜け出ることができただけでもよかったのだろう。




話がそれた・・・・




イーノとロバート・フリップの共作はけっこう出ているが、これが一番聴きやすく優しいサウンド。
Fripp & Eno - Evening Star - Evening Star





 6月29日
少し前から、近所の飼い猫が、我が家の玄関を避暑地としてご利用されるようになった。
もったいなくも、扉の真下でお休みになられ、深く熟睡・・・ようするに爆睡状態でたたずんでおられるので、こちらも気を使って、なるべく音を立てないように、そろりと出入りをしなければならない羽目になってしまったのである。
自分の家なのに、こっそりと出入りしているこの頃。








 6月30日
2011年は私、九紫火星生まれにとっては大凶の年であることは、年の初めから聞いていて、それなりに心づもりはしていたが、今のところ、取り立てて悪いことは起こっていない。
特に3月は、ここ10年で最悪の月、と言われていたが、私にとってよりも、日本にとって、東北地方にとって、最悪の月になってしまった。
また6月も、精神的に落ち込みやすい月だと言われていたが、私はそれほどでもなかったが、
・・・(落ち込むことに慣れてしまっているからか)・・・・・ 何かシンクロしているような・・・・

私にとって、それほど凶の影響がなかったのは、過去の方位取りの蓄積のおかげかも・・・?

もう足掛け8年も続けているが、それ以前に長距離の大凶方位を犯してしまっているから、普通以上に方位取りの効果が出るのが遅く、弱いらしいが、それなりに効果が現れてきているのかもしれない。
気学を始める前の、精神的に地獄のような日々には、絶対戻りたくないから、方位取りを続けられるのだろうが、
・・・その頃受けた傷はいまでも引きずっているが、もう自分の持病として諦めるようにしている・・・

・・・大きな声では言えないが、人を恨むとどうなるか、なんとなくその結末も見てきた。生霊というものは、本当にいるようだ・・・

それでも最近はさすがに方位取りがかったるくなってきている。
中だるみ・・・、魔が差す時期なのかもしれないが、今、この頃は平穏な日々が続いているので、昔の追い詰められた感覚が消えて、少々緊張の糸がゆるんでいるよう・・・

で、

来月は北と北西が吉方位で、出雲は北西方位なので、また出雲大社に参りにいこうかと思っていたら、先日のニュースで、今、出雲大社は60年に一度の大修理をやっているとのこと。

まだあと2年はかかるらしい。

そこから少し南に行ったところにある須佐神社というのが気になりだして、

日本一のパワースポットだとか・・・
ちと、交通の不便なところもあり、どうしようかと思案中・・・・







   2011年 6月
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